安部公房『砂の女』@猫町

あらすじ

 砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに、人間存在の象徴的姿を追求した書下ろし長編。20数ヶ国語に翻訳された名作。(本書裏表紙より)

感想

 安部公房の作品といえば前衛文学として有名で、難解なもののように思われがちだがそんなことはない。平易でありながらも繊細な文章が続いていくので、詰まることなくどんどん読み進んでいくことができる。あえて言うとすればその解釈が作品中で明確に示されているわけではなく、読者に投げかけられているというところだろうか。だけれどもそもそも物語とは概してそういったものであるし、あまり敷居を高く感じる必要はないと思われる。ともかく私個人としては価値ある読書体験ができたと感じているし、人にものを薦める理由とはそういうものでしかないのだと思っている。
 主人公の男は穴の中に閉じ込められてしまい、そこで奴隷のような暮らしを強いられる。劣悪な環境の中、日々重労働をこなさなければ満足に水を飲むこともできない。男はそこから脱出しようと様々な方法を試すのだが、次第にその生活に馴染んできてしまう。思えば外の世界にいた頃も、楽しい思い出など一つもなかったという。結局のところ、外の世界と穴の中には違いなんてないんじゃないだろうか。砂という冷徹さを感じさせるモチーフともあいまって、そのようなどこか虚しさの残る疑問を抱かせる小説であった。
 私はこのように感じたが、読む人によってはこれとは違った様々な印象を受ける小説であると思う。一度読んだことがあっても、数年後再読してみると違ったイメージを受けるかもしれない。