1990-08-01から1ヶ月間の記事一覧

坂野 裕人「持たざる者達」

大学生Aその一 今年も終わりが近づき、世間ではクリスマス、忘年会、新年会といった行事がひしめき合う時期である。 私は友人も恋人も持たぬ華の無い大学生活を送っている。私のような容姿端麗、頭脳明晰、謹厳実直、文武両道、才色兼備等々どれだけ四字熟…

来幸 笑「昼休み、屋上で」

空にかかる『にじ』は漢字で『虹』と書く。あの美しい『にじ』に虫偏の字が当てられているのは奇妙だが、これにはちゃんと理由がある。 『虹』とは竜の一種なのだそうだ。昔は『虫』の定義が広く、ヘビや竜といった爬虫類も『虫』であった。『虫』である竜の…

草一郎「さよならは二度と言えない」

狭く、息苦しい病室だった。 白色で統一された床と壁紙は、何かの実験施設を思わせた。ベッドが六つ並べられており、その上には青白い顔をしたクランケが横になっている。僕にはその室内の様子が病人を癒すために計画されたものには思えなかった。 僕は静か…

Anri「きれいなひと」   

放課後の到来を告げる鐘を聞くが早いか、私は友人への挨拶もそこそこに駆け出していた。目指す場所は、文化部の部室の集まる部室棟。ガラス張りの扉を押し開け、部室棟を一階から四階まで駆け抜けて、更にその上にある、屋上へと繋がる扉を目指す。鍵がかけ…

Anri「屋根の上の旅人」

華の高校三年生も、夏休みを過ぎれば一気に受験という文字が現実味を帯びてくる。学校に行っても家に帰っても、目に付くのは試験や大学に関する書籍ばかりで、色気も何も無い。遊び回りたい訳でもないけれど、こうも窮屈な毎日だとさすがに息が詰まりそうに…

グレゴリー・アントニウスⅢ世「彼女の声」

俺はラブホテルのような空間にいた。ベッドの上では彼女が全裸で横たわり、俺を誘うような視線で見つめている。俺は迷うことなく彼女を組み伏せ、行為にふけろうとした。しかし、いざことを始めようとすると、俺はいつの間にかトールボーイ型スピーカーを抱…

猫町「愛の真髄」

僕は大学の帰り道を歩いていました。当然一緒に帰る人なんているはずもないので、一人黙々と歩いていたんです。僕は足を動かしつつも、あることに夢中になっていました。あることっていうのは、大学から家まで何歩で帰れるかっていうのを数えることです。別…

序二段「くたばれ独立愚連隊」

人に上下はあるのか。 人に上下があるならば、つけるのは誰か。 (一)「ぜひとも、あなたと働きたいですね」 てらてらと光る浅黒い肌は揺れても、微笑みは崩れない。男が慣れた素振りで突き出した手を、僕はおずおずと握った。 「はい!」 全員に同じことを…

仲原 あずま「Door to door」

昼から大雨が降っていた。朝、部屋の扉を開けたときは、薄曇りかなぁって感じだったんだけど、帰って来る頃にはジーパンの膝まで濡れるぐらいの土砂降りになっていた。空も地面も暗い色に染まって、さかさまになっても分からないぐらい。電車の音も、雨の音…

翡翠「心時計」

目的の公園に着いて、周りを見渡す。町の中心からは少し離れた、人通りの少ない静かな公園である。ヨーロッパなどの大きな公園に比べるとたいしたことはないが、一応花も植えてあるし、ベンチの辺りには紅葉した木々も並んでいて、雰囲気はいいだろう。俺は…

序二段「博志の異常な愛情」

〈土曜日〉 愛とは何か。 そんなことを考える俺の前に無数の文字が躍る。 ずっと好きでした、見つめ愛、愛されレッスン。 無数に広がるそれらを見ても、もはや俺の心中の情動には遠く及ばない。 むちぷりガール。ギリギリ義妹、すきすき☆おにいちゃん、メイ…

たぬき「鍵かけられて」

とかく、夜の校舎とは青春真っ盛りな高校生にとってワクワクドキドキする不思議空間だったりする。 夏なら肝試しにもってこいだし、屋上で空を見上げると星が輝いていて天体観測もできるお楽しみイベント会場なのだ。 よくあるイベントとして忘れ物を取りに…

たぬき「秘密のモモさん」 

* * * どうも。私、春枝モモ。一八歳。ぴちぴちの女子高生やってまーす。……ぴちぴちって今時古いか? キラキラ? ナウい? あー、よくわからん。 こんな感じで流行には疎いし、おしゃれにも気が回らないという残念女子だ。せいぜい初めてのバイト代で買っ…

たぬき「悩めるミャーコ」

春枝モモ、一八歳。職業、女子高生兼、魔法少女。 ただいま、恋をしております。 「モモ、今度うちに遊びに来ない?」 「はぁ? めんどくさい」 「そっか、残念。それじゃ――」 「で、いつ行けばいいの?」 幼馴染であり、モモが恋心を抱く相手である竹中虎徹…

麻木「ある戦乙女達の軌跡」

逃げろ、逃げろ! 覆い被さる様な影。やつはすぐそこまで迫っていた。焦りと恐怖で歯ががちがちと鳴った。左へ右へ、もっと速く。今は逃げることに全力を注げ。諦めちゃだめだ、必ず生きて帰るんだ。 低い耳鳴り。すかさず左へ大きく回避。直ぐ下を掠める死…

師父「死者の殺し方」

♣♣♣「こっちにもあるよ!」 冬都君が元気に言う。彼が指差す叢の陰には、空き缶が落ちていた。僕がそれを拾って、手に持ったゴミ袋に入れている間に、冬都君は次のゴミを探す。 「お、永井、かなり集まってるじゃん」 クラスメイトから声が掛かった。彼も同…

沖野きお「わが宿敵Kについて」

肩にくい込む鞄を下げて三階まで階段を上り、やっと着いたわが家の扉を開いた。肩からずれ落ちた鞄は大きな音を立てて玄関へと落下する。あきらかに重そうな音。これを自分が一日肩にかけていたと思うとぞっとする。ため息をついて、ロングブーツを脱ぎ捨て…

郁也門「傘の町で、日の明かりと影」

ねじ巻きの人形はおもむろに立ち上がって言いました。「ねえ、お日様を見ようよ」 フランス人形は、ゆっくりと顔を持ち上げて、そんな彼を見上げました。1. ある日のこと、路地裏に子供が二人いました。二人は木箱の上に座り込んでいます。どうやらここま…

刹那「千年前の京より」

それでいいと、思っていた。 本来ならば憎むべきであるらしい相手が誰なのかも、何故自分がこんな仕打ちを受けるのかもわからない。それどころか、それを知りたいというモチベーションさえなかった。その事実に関しては、どこかの誰かにそんな行動をさせてし…

来八「ホップステップ」

「打てるだけジャブを打とう」と、その猫は言った。赤茶けた座布団の上で丸くなっている彼は、連日連夜ぼくの夢に出て来る。 今日、ぼくは夢の中で炬燵に入って鍋焼きうどんを食べていた。傍らでは扇風機が寿命の末期を思わせるほどやかましい音を立てて回っ…

刹那「桜舞い散る出会いと別れ」

春は出会いの季節である、とは誰が提唱した説なのでありましょうか。わかるのであれば、早急にそのお方の元へ馳せ参じ、両手をがっしりと掴んで共感の意を示しとうございます。 と言うのは少々大袈裟ではありますが。桜舞い踊る四月の中旬、突然の別れに涙し…

来八「竹取作家」

――それでは早速インタビューの方、始めさせて頂きます。よろしくお願いします。 「よろしくお願いします」 ――この度、『海から来た彼女』が賞に輝いたということですが、どんなお気持ちですか? 「そうですね。自分が書いた小説はどれも我が子のように愛おし…

来八「東の僻地に住む友へ」

拝啓。 久しぶり。山田秀平だ。覚えているか。 季節が移り変わるこの時期、体調を崩しやすいと聞くが、お元気か。 先日とある本を読んで、文通というものがしたくなった次第、それらしく便箋やら何やら用意した所で、はたと出す相手がいないことに気が付いた…

ぽっけ「桜とハート」

「恋と愛の違いって何なんだろうね」 僕が君に出会って間もない頃、君が僕にした質問。 誰もが一度は思う疑問。 僕は考えたこともなくて、少し考えたぐらいじゃ全然わからなくて、だから君にこう答えた。 「何なんだろうね」 僕と君はお互いに苦笑い。 「い…

刹那「曇る心と雨の空」

雨雲に覆われた暗い空。目の前には荒波。足元の数センチ向こうには切り立った崖。少し目線を下げると、ほとんど垂直と言ってもいいほどの断崖絶壁だとわかります。 世間では自殺の名所と言われているこの場所は、その呼称に相応しく、どこか死に逝くのを誘う…

刹那「ルーティン・ワーク」

私は『黒くて重いもの』を握りしめていました。 ゆっくりとそれを持ち上げ、先を前に向けます。その動作に合わせて視線を上げると、驚いた顔の少年がいました。その少年を見た瞬間、何故だか胸が高鳴ったような気がします。 「ケイくん、わたしとケッコンし…

黎明「ジョンバールの分岐点」

(一)「『ジョンバールの分岐点』という言葉を知っているかな」 夕暮れの屋上で、七条さんからそんな質問が飛んできた。僕は知らなかったので黙って首を振る。 「半世紀以上も前にアメリカで発表されたSF小説が元になってるんだけどね」 そう言うと七条さ…

序二段「怯懦」

地下鉄ではしばしば眩暈を覚える。 電車は始発にほど近い乗車駅から隣市の中心地に向かい、そのまま郊外の丘陵地帯へ抜ける。くすんだ橙色の長椅子が向かい合わせで並ぶ、地下鉄では一般的な車両だ。 座席はまず端から埋まる。私も無論、端が好きだ。始発な…