1990-07-01から1ヶ月間の記事一覧

秋乃「Grin like a cat」

ホームに向かいながら携帯電話を取り出す。水溜りができてたみたいで危うくこけそうになったけど、そんなことを気にしてる暇はないから急いで電話を掛ける。 「ごめん、遅れそうやわ。今はやりのゲリラ豪雨のせいでダイヤが乱れとるんやと」 呼び出し音が途…

猫町「機械化されるヒト」

第二次大戦において、アメリカのライフル銃兵の発砲率は一五から二〇パーセントだったそうだ。ライフル銃兵なんて銃を撃つ役割であるはずなのに、たったそれだけなのである。どうして発砲率がこれほどまでに低いのか。その理由はいろいろあるだろうけれど、…

序二段「さらば独立愚連隊」

さらば独立愚連隊 序二段 (一) 「東大以外は大学じゃないんだよ」 児玉は甘酢のかかった蒸し鶏を箸で突きつつ、そう言い放った。その表情には奢りや嘲笑などは見えず、純然たる自負のもとでの発言なのは明らかである。 「まあ、言いたいことはわかるけどさ…

明義 隆通『此花咲耶』

私の父はかつて不動産を営んでいたが、数年前の世界的な恐慌の折、その職を失った。以来、父はコネとして利用していた土建業者の肉体労働者として働くこととなった。家から外に出れば、財産を失い、住む家を失った人間を容易に見つけられる時期に、私たちは…

来幸笑『花火と天狗の林』

昼下がり、ユウキは一人で歩いていた。 今日は夏祭りの日だ。もうしばらくすればこの通りも人でいっぱいになるだろうが、会場である神社はまだ準備中。この時間に神社にむかうものはユウキだけだ。本当は行く気などなかったのだが。 「まったく、アカリが忘…

草一郎『アックリ』

電車の速度が落ちていく。アナウンスが停車駅を告げた。私は左右にほのかに揺れる車両の中で、下車の用意を急いだ。 ホームに差し掛かったところで、線路と車輪のこすれる音がした。と思うと、ぐっと体に加速度がかかり、電車は停車した。車扉が開き、乗客が…

一之瀬霧夢『星ハ笑フ』

僕がその男、東西南北(しほう)彼方(かなた)に出会ったのは、嵐の前のような静謐(せいひつ)さをはらんだ眩しいくらいの晴天の日のことであった。 その日、僕は数学の授業をサボって屋上で何をするでもなく、ただ寝転がっていた。 数日に一度、こんな風に途方…

黎明『キョウカイはどこにある?』

1. 実力的には何の問題もなかったと思う。 センター試験はボーダーをクリアしていたし、二次試験も会心の出来とはいわないまでも、悪くなかった。苦手の数学も半分はあるだろうし。ただ、今年はセンター試験が難化したらしく、いわいる旧帝大クラスの志望者…