「ダメよ、あなた……。おかずが焦げちゃうわ」
「そんなこと言ったって、お前、もうここがナイトモードに入ってるぜ。体は正直だな」
「やだ、もうっ……たっくんのイジワル」
会社から帰ってきて、ただいまおかえり、おフロにする? ごはんにする? それとも……で俺に唇を奪われたユミカは、瞳のモードカラーをちかちかと茶色からピンクに変えて、荒い息遣いで抱き付いてくる。俺はすかさずナベがごぼごぼ言うのを止めて、片方の手で器用にユミカの防水エプロンを外し、胸のボタンにやわやわさわる。
「たっくん……そんなところ触ってたら、主電源が落ちちゃうよぉ」
「本当はこうしてほしいくせに、素直じゃないな」
「ダメ、今日は……今日せっかくインプットしたレシピ、セーブしてないから落としちゃダメぇ」
「レシピ? 俺、夕食よりユミカを……」
「ダメ、えっちはちゃんと上書きしてから! 男の義務よ」
きっと俺を見据えた瞳のモードカラーが茶色に戻ってしまったので、俺はあきらめてやれやれと両手をあげた。
「こないだ旅行行ったときは、はやくホテル戻ろうよぉ! なんてワガママ言ってたくせに……」
「なんか言った?」
ナニもイッテマセーンと小声で言ったところでぐぅとおなかがなる。そういえば、キッチンには良いにおい。
「レシピってこれ?」
「そうだよ! ジャーン! 『肉じゃが』でーす!」
ナベの中には、40年前にまだユミカが充電器無しで生きていたときの得意料理が入っていた。
「どうやって……コレ」
「私の付けてた日記の中にね? オリジナルレシピのページがあったの! たっくんと死に別れちゃうより前の記憶、みんなインプットして、たっくんに喜んでほしくて……」
エヘ、とうつむくユミカの顔はほんのりLEDでそまっていて、俺はおもわず抱きしめた。
事故で若くして死んでしまったユミカの体は、ほとんどが現代の超高性能機械クローン技術によって元に戻った。しかし、どうしても前の記憶はとり戻せない。たまにそのことに悲しむ日もあるが、こんなしぐさ、心遣いは、まったく変わっていなかった。
「ユミカ……好きだよ。大好きだ。これからも一生、一緒にいてくれ」
ユミカはふふっと恥ずかしそうに笑って、
「一生なんて、そんなのイヤだよ。そんな古いことば……今なら、私たち、一生なんて期限付きのものにとらわれないで、ずうっと一緒にいられるんだから」
と、俺のコンセントをそっと撫でた。
「……やっぱり肉じゃが、あとにしようよ」
「……もう、たっくんはしかたないなぁ」
ユミカの瞳がまたピンクに揺れるのを確認しながら、俺は自分のアドレナリン放出ツマミをおもいきりMAXのほうへかたむけた。