喜多喜久「ラブ・ケミストリー」@麻木

 第9回『このミス』大賞優秀賞受賞作品。有機化合物の合成ルートが浮かぶという特殊能力を持つ、有機化学を専攻する東大院生の藤村桂一郎。ところが初恋によって、その能力を失ってしまった。悶々とした日々を過ごしていた彼の前にある日、「あなたの恋を叶えてあげる」と、死神を名乗る少女、カロンが現われて…。東大で理系草食男子が巻き起こす、前代未聞の“日常系コメディ”登場。
(「BOOK」データベースより)

有機合成」を扱っている自分の友達から薦められ、自分も化学・有機系の研究者の端くれでもあるのでやはりこの単語が気になり、私はこの本を読んだ。専門が違う上にわざわざ「有機合成」と帯に書かれているくらいだから読みづらいのではないか、と最初は危惧していたが、1ページ目を開くとその印象は180度反転することになった。読みづらいどころか、「化学」とか知らんがなと主張される文系の方でも読みやすい、丁寧な説明とラノベ調の語り口に一気に引き込まれた。ハードカバーの割には、軽読書に最適であると思われる。
 主人公の藤村桂一郎は、有機化学の魅力に取り付かれた化学バカ。「物質の構造式を見るだけで、最適な合成ルートが閃く」という有機化学の常識を覆すほどの特異な能力を持っているが、研究室に来た秘書・真下美綾に一目惚れして以来、その能力を失ってしまう。そんな桂一郎を影で見守り、死神(的な存在)であるカロンに「彼の能力を戻して!」と願う女性が一人。登場人物の中に女性は何人かいるが、これが「誰なのか?」という点を謎の主軸として物語が進行していく。
「このミス」の大賞優秀賞受賞であるが、これははたして「ミステリ」なのか、という点は各所で賛否両論の意見が出ている。そもそも、「ミステリ」とは、『神秘的、謎、不可思議なこと。ミステリー、ミステリイともいう。文学などフィクションのジャンルで「ミステリ」と言えば、事件や犯罪の問題解決への捜査を描いた推理小説などのミステリを用いた創作物を指すことが多い。超常現象やそれらを扱ったオカルト、ホラー、SFなども含めて呼ぶ場合もある(その場合、サスペンスと称されることが多い)。(Wikipediaより)』とあるように、一般には推理小説系を指す言葉として用いる。エドガー・アラン・ポーに始まり、アーサー・コナン・ドイルアガサ・クリスティといった作者の推理小説から、「金田一少年の事件簿」といった漫画にいたるまで、さまざまなメディアでの作品にそれはあてはまる。これらを踏まえて本書を考えると、「超自然現象」を扱い、読者が「こいつの正体は誰なのか」と考えさせる点を主軸に物語が進んでいるということを考えると、広義のミステリだと思われる。しかし、ミステリ好きがこぞって読むような、こてこてのミステリであるか、と問われれば、本書のゆるい雰囲気やちょっと頭をひねれば答えがわりと予想着くようにできている設計を鑑みれば、そうではないと言わざるをえない。余談であるが、審査員も若干「ミステリか?」と頭をひねったそうである。
 これに加えて、もう一つ賛否両論別れているのが、最後の展開と主人公の姿勢である。明るい雰囲気で終わってよかった、という方もいれば、いや、主人公これはちょっとだめでしょ、という方もいる。私は、わりと前にこれを読んだので若干あやふやなのであるが、化学を引っ張ってきているわりに最後は別に化学関係なく、また女の子に対して主人公のこの態度はなー……と思う点もある。作者は本書が単行本としての処女作であるため、世に出回っているベテラン作者と比べると確かになー、読み物なんだけどなーと皆さんが不満に思う点はあると考える。この点は作者の成長を期待して、次の作品を読んでいこうと私は考える。
 散々書いてきたが、今回の書評を担当している私はそこまで深く考えて読む派ではないしラノベが割と好きなので、ライトミステリ的な雰囲気だし化学が題材にされて嬉しいなーぐらいでいいんじゃないのかなあと思う。研究でアホほど忙しい私でも読めたのだから、このweb書評を読んでいるあなたなら絶対楽に読めるだろうということを確信している、と書いて書評を締めさせていただきたい。