ぽっけ「桜とハート」

「恋と愛の違いって何なんだろうね」
 僕が君に出会って間もない頃、君が僕にした質問。
 誰もが一度は思う疑問。
 僕は考えたこともなくて、少し考えたぐらいじゃ全然わからなくて、だから君にこう答えた。
「何なんだろうね」
 僕と君はお互いに苦笑い。
「いつかはわかるかな」
「いつかはわかるよ」
 僕はその答を探し始めた。君がその答を見つける頃、僕はその答を持っているだろうか。



「おはよ、今日も良い天気だね」
「おはよう、うん、太陽が気持ちいいね」
 僕は彼女にそう答える。春の陽気な日差しが少し肌寒い朝の空気を暖めてくれている。
「もうすっかり春だね」
「そうだね、春休みもついに終わっちゃったよ」
 昨日で春休みが終わり、今日は始業式なのだ。ついため息が出てしまう。
「そんなこと言ってもしょうがないよ。ほら、早く行こうよ」
「そうだね。じゃあどうぞ」
「ありがと」
 彼女が僕の自転車の荷台に座る。自転車の二人乗り、これが僕と彼女の通学スタイルだ。
「よいしょっと」
 力強くペダルを漕ぐ。自転車が少しずつ前に進みだす。
ペダルを漕ぐたびに速度が増していく。春の肌寒い空気を切り裂くように、僕と彼女が乗る自転車は進んでいく。
「見たくないなあ」
「え?」
 彼女が突然そんなことを言った。学校まで一直線に続く桜並木が見えてきた頃だった。
「私、桜なんて見たくないんだ」
 僕が彼女と出会ってからまだ一年も経たない。だから彼女と桜の季節を迎えるのは初めてだ。彼女は桜が嫌いなんだろうか、珍しい。そう思った僕は、その訳を聞いてみることにした。
「どうして? なんで見たくないの」
「ハートに見えるから」
「ハート? ハートがどうしたの」
「桜の花びらが、ハートに見えるの。それがね、落ちるとこなんか……、見たくないんだ」
 彼女は苦笑交じりにそう答えた。なんだか、彼女のことがとても愛しく思えて、心が優しくなった気がした。
「……はあ、しょうがない。ちょっとめんどくさいけど」
 僕はそう言って自転車の進路を変えた。
「あれ、そっちは」
「実はね、こっちに学校に続く裏道があるんだ。殺風景で距離も長くなるから、誰も通らないんだけどね」
「そうなんだ。ありがとう」
 とても優しい声でお礼を言ってくれた。
「その代わり……」
「その代わり?」
 あとはこの坂道を登りきれば校門だ。
「その代わり僕に、ちゅーしてよ、背中に。じゃないと坂道登らない」
 照れ隠しのために、少しぶっきらぼうに言ってみた。
 ふふっ、と彼女の優しい笑い声。そして、背中に何かが触れる感覚。
「頑張ってね」
 彼女が言った一言。僕はペダルを力強く漕ぎ始めた。
 自転車は少しずつ坂道を登っていく。



「あのさ、もしかして、ちょっと、太った?」
「え、え? そ、そんなことないよ!」
 坂道を登りきり、息も絶え絶えになりながら、聞いてみた。彼女はあわてて否定した。何か怪しい。
「だって、今日はなんだか、重かったよ」
「ちょっと、に、荷物が多いだけです」
 彼女の姿を見る限り、太ったようには見えない。本当に荷物が多いだけみたいだ。ちなみに彼女は今、自転車を降りて僕の隣を歩いている。
「なんでそんなに重いのさ、今日は始業式だけだよ」
「そ、それは……」
 なぜか彼女は言いにくそうにしている。そんな態度をされてしまうと余計に気になってしまう。
「それは?」
 しばらくの間、彼女は顔を真っ赤にしているだけだったが、突然カバンを開けて中から何かを取り出した。それは黄色いランチクロスで包まれた四角い箱、つまりお弁当である。
「その、君と一緒に食べようと思って……」
「え?」
 彼女がとても小さな声で確かにそう言った。あまりに小さな声で、僕は思わず聞き返してしまった。
「ほら!」
「あ、うん」
 彼女が僕にお弁当を押し付けた。まだ顔は真っ赤になったままだ。僕はあまりのことに少しうろたえながら、お弁当を受け取った。
「じゃあ、またお昼ね。乗せてくれてありがと」
 友達に呼ばれた彼女は、最後にいつも通りの優しげな笑顔を見せて、友達のところへ走って行った。彼女の笑顔を見ると、まるで世界中の人が笑っているように感じしてしまう。自然と僕も笑顔になる。
「……ありがとう」
友達と先に行ってしまった彼女に向けて言った。彼女には聞こえていないだろうけど、どうしても言わなきゃいけない気がした。
彼女が僕にお弁当を渡してくれたとき、彼女の左手の人差し指にバンソウコウが見えた。きっと、そういうことなのだろう。
僕は彼女の後を追いかけるように歩き出した。


「恋と愛の違いって何なんだろうね」
君が僕にした質問。
誰もが一度は思う疑問。
 あれから僕は長い時間、いろいろ考えたけど、まだわからない。けれど、1つだけわかったことがある。それは、この答は一人一人違うもので、自分で見つけるしかないいうことだ。

 何よりも大好きな、桜のことを嫌いという君は、もうこの答を見つけたのだろうか。

 桜の花びらがハートに見えるようになれば、僕にもこの答が見つけられるような気がした。