いしいしんじ『ぶらんこ乗り』@草一郎

やわらかな文体で書かれたふんわりとした世界が急展開する

 

 ぶらんこが上手で指を鳴らすのが得意な弟は、ある日のこと、不幸な事故により声を失う。しかし、代わりに動物と話ができるようになり、毎晩のように動物たちが弟のもとへ話をしにやってくる。「ローリング」「ユーカリ中毒」「あんぜんぶくろ」など、にわかには信じられない動物たちの話を、姉であるわたしは疑う気持ちを抱きながら聞かされる。 ゆったりと流れる絵本のような物語。まるで児童文学のようである。だが、ある出来事を境に、それは突然思いもよらない絶望へと向かい始める。

 悲しい話を悲しく描くのは誰にでもできる。だが、悲しい話を悲しくないように描くのはずいぶんと難しい。けれど、この物語の作者いしいしんじはいとも簡単にやってのけている。『ぶらんこ乗り』上梓の際に「大変な物語作家が現れた」と大きな話題になったのも十分頷ける。やさしく語りかけてくる文体とその切ない物語とのギャップが胸に響いて締め付けられる。

 絶望に飲み込まれ、落ち込み沈んでいるわたしを救うために弟がとった行動がある。それはある「嘘」をつくことだった。その「嘘」はやがて姉を救う一筋の光となる幸運を引き寄けることになるが、ここがこの物語の見せ場であり、核であるのは間違いない。号泣とまではいかないが、きっとほろりとさせてくれるはず。嘘の多くは人を傷つけたり不快させてたりするが、いい嘘もあるようだ。弟の嘘も一歩間違えれば姉との仲を一生ダメにするものだったが、弟が嘘をついたのも姉を思ってのことなのだろう。

 感動がじわじわと押し寄せる。「家族っていいな」そんな温かな気持ちにさせてくれること間違いなし。


あらすじ
 ぶらんこが上手で、指を鳴らすのが得意な男の子。声を失い、でも動物と話ができる、つくり話の天才。もういない、わたしの弟。天使みたいだった少年が、この世につかまろうと必死でのばしていた小さな手。残された古いノートには、痛いほどの真実が記されていた。ある雪の日、わたしの耳に、懐かしい音が響いて…。