伊坂幸太郎『グラスホッパー』@黎明

「押し屋」と呼ばれる職業がある。殺し屋だ。車通りの多い交差点や、列車が入ってきたホームでそっとターゲットを押し、事故に見せかけて殺す。そして、本作はその「押し屋」によって結びつけられた「鈴木」、「鯨」、「蝉」の三人の視点で語られる。

「鈴木」:鈴木は寺原が経営する《令嬢》という会社で働いていた。目的は復讐。鈴木の妻は寺原の息子に殺されたのだ。ところがそうして復讐の機会を伺いつつ必死に働いて一か月経った頃、鈴木は疑われていた。復讐のために入社したんじゃないか、と。そしてその疑いを晴らすために、人を殺すように言われる。さらにその様子を寺原の息子も見に来るらしい。狼狽する鈴木だったが、寺原の息子が鈴木のもとに辿り着く前に、目の前の交差点で事故にあう。茫然とする鈴木に、その場にいた別の社員は、ある男を指差し言う。あいつが息子を押した。はやくあいつを追って。わけもわからず尾行した鈴木は、なんとか男の自宅まで突き止めた。しかしそこにいたのは普通の家族で……。

「鯨」:鯨は自殺させ屋だ。どんな相手でも自殺させる。彼の目を見ると皆一様に絶望し、あっけなく自殺するのだ。業界では割と有名な殺し屋である。今日もホテルの一室で有名政治家の秘書を自殺させた。仕事を終えた鯨は、その部屋の窓から交通事故を目撃する。そのまま、窓から眺めていると、交差点に人が集まってくる中、一人、その輪の中から抜け出してくる男が見えた。「押し屋」だ。鯨は苦い過去とともにその殺し屋を思い出す。また、鯨は最近、過去に自殺させた人たちの幻覚を見るようになった。罪の意識からだろうか。日に日にその幻覚は強くなっていく。そんな時、寝起きをしている公園で、鯨は田中という男に会う。彼は言う。悩んでいるなら、清算すればいいんです。対決すればいいんです。その相手は……。

「蝉」:蝉は殺し屋だ。主にナイフを使い、岩西という男と二人で組んでいる。岩西が仕事を貰ってきて、蝉が実行する。その日、依頼された一家惨殺を終えた蝉は岩西に呼び出された。仕事を終えたばかりの蝉は不機嫌だったが、岩西は上機嫌だ。なにやら大口の仕事が入ったらしい。今、業界は寺原の息子の一件で大騒ぎだから、こんな零細企業にも仕事が回ってきた、と岩西は説明した。チャンスだ、とも言った。迷惑な話だと思った蝉だが、ある目的のために自ら押し屋騒動の中に飛び込んでいくことに……。

今作は、まあ殺し屋の話なのだからある程度は仕方ないが、人が沢山死んでいく。でも、読んでいて決して暗い気持ちにはならない。人が死ぬという重い内容をいつものように軽い書き方で書く。でもそこには命を軽んじているという印象は全くない。そこらへんのバランスはさすが伊坂幸太郎、上手い。

また、これはいつものことだけど、伏線の張り方が非常に上手。何気ない会話、何気ないエピソードが後半になってバタバタと重要性を増してくる。昆虫カードの話とか殺し屋の話とか・・・。さらに今回の騒動の首謀者が明かされるシーンなんかは、あれが伏線だったのか、と素直に驚いた。

他の伊坂作品と比べると、人が簡単に死ぬ分ちょっと取っつきにくいかな、という面もありますが、決してレベルは低くありません。面白かったです。