伊坂幸太郎『SOSの猿』@草一郎


伊坂幸太郎(著)
単行本: 292ページ
出版社: 中央公論新社


誰かを救いたい。それはメサイアコンプレックス。自分自身の存在価値を証明したい、という願望に起因する他者救済へのこだわり。


 読売新聞で連載されていたものを単行本にしたもので、作品のモチ―フは、タイトルになっている「SOS」と「ドミノ倒しの因果関係を描くこと」。作者は2000年にデビュー、奇抜でポップな感性で支持を集め、2008年に『ゴールデンスランバー』で山本周五郎賞本屋大賞をダブル受賞している。現在、最も波にのっている人気作家であり、本作も序盤から、孔子エクソシスト、引きこもりに孫悟空など、伊坂らしいユニークな世界観で胸躍らせる。


 本作は二つの視点から物語が交互に展開していく。ひとつは、引きこもりの青年を助けようと奮闘する男の視点。もうひとつは、株誤発注事故の原因を調査する男の視点。前者は、普段は家電量販店の店員をしているが、副業で「悪魔祓い」をしているという裏の顔を持つ。後者は、20分間で300億円の損失を出した証券会社の株誤発注事故の調査を命じられるが、次第に奇怪な幻想に翻弄されていく。まったく接点のない二つの物語がどのように交わっていくのかが本作の見どころだ。 

 
 近作の『モダンタイムス』『あるキング』では従来の作風とは異なる作風だったため、初期の作風を好む読者には快活な反応は得られなかった。それらと比べると掴みは悪くなかったが、中盤くらいから、やはり近作に見られるような雰囲気が漂っている。ファンタジックな雰囲気とでも形容すれば良いのだろうか。以前であれば、現実と虚構の境目を上手く書いていたために、フィクションであるのにも関わらず、リアリティがあり緊張感があった。しかし、本作はどちらかというと、描かれる世界が虚構寄りであり、さほど緊迫感のない物語となっている。伊坂お得意の叙述トリックは健在ではあるが、初期作を好む読者にはあまりおすすめできない。


 ファンタジーやフィクションの色を濃くしたことで、奇想天外でダイナミックな世界を構築できている。それゆえ、従来よりも「小説らしさ」があるのだが、全体的に収拾がついてないのは否定できない。何より、物語の重要な点をぼかしているのは非常に残念だ。どうやら『ゴールデンスランバー』で自らの手法を極めたために、新しい手法を模索しているらしいのだが、それがうまく転んでいないように思える。また、近年ミュージシャンや映画監督との「コラボレーション」に挑戦しており、小説の新しいあり方にこだわりを見せている。本作も漫画家の五十嵐大介との競作であり、今後発売される漫画『SARU』と対になる作品なので、あるいはそれを読むと合点がいかない部分が解消されるかもしれない。



内容(「BOOK」データベースより)
 ひきこもり青年の「悪魔祓い」を頼まれた男と、一瞬にして300億円の損失を出した株誤発注事故の原因を調査する男。そして、斉天大聖・孫悟空―救いの物語をつくるのは、彼ら。