ドロシー・ギルマン『おばちゃまは飛び入りスパイ』@不比

<あらすじ>
ミセス・ポリファックスは、アメリカのとあるマンションに住むごくごく普通のおばちゃま。毎日の日課ゼラニウムに水をやること、近所のおばさま方との付き合いやボランティアに明け暮れる毎日だ。
そんなおばちゃまが、ある日突然思いついた。「子供の頃から夢だったのよ。スパイになってみたいわ!」CIAへ単独、乗り込むおばちゃん。前代未聞のスパイ志願に、たじたじのCIA。絶対叶わないと思いきや、なんと運命のいたずらにより、本当にスパイとして採用されてしまったのだ!
大胆不敵なおばちゃまによる、愉快でハードなスパイ小説がここに。

<感想>

古今東西、「何の特徴もない一般人の主人公が、とんでもない事態に遭遇したらどうこう」という小説はもはや至る所に見られます。空から女の子が降ってきた、謎の能力に覚醒した、と、それらはもはやパターン化され、いささか食傷気味なのは私だけではないでしょう。
この小説も、同様にごく普通の一般人であるおばちゃまが、とんでもなくハードなスパイの世界に飛び込んでゆく話です。ですが、二点、ほかと違う点があるように思います。

まず一点目。昨今の小説に見られるように、主人公が少年少女でないことに好感が持てました。
主人公は定年を迎えたおばちゃまですし、何らかの特殊能力を有しているわけでもありません。純粋なる一般市民と呼んで差し支えないキャラクターづくりが、ほかと一線を画しているように思います。

二点目。先ほど書いたことと繋がりますが、設定や展開に無茶がありません。
すなわち、土壇場になって真の能力が覚醒したり、とても強い人間が助けに来たりはしないのです。土壇場は土壇場でどうにもなりませんし、どれだけ追いつめられても自分たちでどうにかする。それも、「ありそう」と思える範疇での機転を働かせることによってです。
そういったところに、作り込みの深さを感じました。


読みやすい文体ですが、おばちゃまがひやりとするようなミスを犯したり、絶望的な事態に陥ったり、また、それを手に汗握るような立ち回りで回避するたび、焦ったりほっとしたり、冒険心をくすぐられる良い小説です。現代小説に飽きてしまった方は、一度お手に取ってみてはいかがでしょうか。