筒井康隆『家族八景』@猫町

あらすじ
 幸か不幸か生れながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。(裏表紙より)

感想
 人の心が読めても何もいいことなんてない。テレパシーをもつ七瀬は一箇所にとどまって周りにその能力がばれることを避けるために、いろいろな家庭を渡り歩いてもおかしくないお手伝いの仕事をしていた。どんな人間にも本音と建前があって、人間関係を壊さないように思ったことをそのままは口に出さないものだ。しかし七瀬には彼らの思考がすべて筒抜けなのである。平穏が取り繕われていた家庭にも、その裏にある歪さが次第に大きくなって行く様が、語り手の七瀬から冷静に語られる。本作は七瀬が訪れた八つの家庭の短編集になっているが、どれもこれもがろくな結末を迎えない。登場人物の思考に嫌悪感を抱くものの、ふと自分にも時には彼らのような思考があることに気づくとなんともいえない気分になる。
 表現上の工夫については、セリフのかぎかっことは別に七瀬が読み取った思考をまるかっこで表現しているのが特徴的だった。その思考は一繋がりの文章にはなっていないのだが、非常にリアルに感じられた。それは普段の思考というものが小説で書かれるように文になったものではなく、もっと断片的なものであるからだろう。一つ例として引用してみる。

(どうせまた、なんとかかんとか難癖をつけるんだろう)(いっそのこと、女でも買いに行きゃいいのに)(息子の嫁に色目を使いやがって)(助平親父め)(あぶらぎって、額をてらてら光らせてやがる)(精力があり余ってるくせに、のうのうとしてやがる)(もっと枯れ切ってるのなら、面倒見てやる気にもなるんだが)

 こういった風に表現されることで、読者に登場人物の醜悪さがより強烈に伝えられている。面白いとは思ったものの、一冊ずっとこんな感じなので、抜粋を見て引いた人は読まない方がいいかもしれない。