関口尚『シグナル』@黎明

【あらすじ】

 映画館でバイトを始めた恵介。そこで出会った映写技師のルカは、一歩も外へ出ることなく映写室で暮らしているらしい。なぜ彼女は三年間も閉じこもったままなのか? 「ルカの過去について質問してはいけない」など三つの不可解な約束に困惑しながらも、恵介は固く閉ざされたルカの心の扉を押し開いていく。切なく胸を打つ、青春ミステリ感動作(本書裏表紙より)。

【感想】

 面白いが色々と惜しい作品であった。

 本書は映画館でバイトを始めた主人公が、そこで映写技師を勤めるヒロインと交流を重ねながら、ヒロインの持つ謎に迫っていく構成となっている。あらすじでは「青春ミステリ感動作」とあるし、「三つの不可解な約束」というのもなかなか魅力的である。三年間映画館に引きこもったままのヒロイン。事情を知っていそうだが口を閉ざす支配人。主人公に意味深な進言をするバイト仲間とキャラクターもひと癖あって良い雰囲気。だが、そんな調子で「これは面白そうなミステリだな」と期待して読むと、読者は裏切られることになるだろう。悪い方向に。

 はっきり言ってしまえば上記した謎自体は大したことがない。中盤辺りで大体の事情が読めてくるようになると自然と「不可解な約束」の理由が想像が出来るようになるし、映画館から外に出ない理由も、他に出てくる些細な謎の答えも全て予想が立ってしまう。なのでこれをミステリだと思って読むと、あれ? これで終わり? と物足りない印象を抱くことになるだろう。

 では本書はつまらないのか、と言えばそうではない。そこが最初に惜しいと書いた由縁である。
 本書の軸である主人公とヒロインの心の交流や主人公と弟の関係、ヒロインと祖父との思い出など面白く印象に残るエピソードはそれなりにある。
 特にヒロインが映写技師、さらには舞台が映画館と言う事もあって、映写に関する技術的な描写やヒロインの映写に対する考え方、さらには映画館自体がどんなふうに回っているのかも書き込んであるので、そう言った知識がない自分は楽しんで読む事が出来た。

 ただこう言った青春(恋愛)部分の合間合間にミステリ部分に関係する話が入り込んできて、さらにそちらの方がキャラクター、エピソード共に強烈なので、どうしても読者の目はミステリ部分に行きがちになる。特にミステリ部分でいう「犯人」役のキャラクターが悪い意味で際立ってるので、最後は少し切なく、爽やかな終わり方なのになんとなくもやもやしたものが残ってしまう可能性もある。

 全体としてみると、ミステリ部分の比重が重すぎる印象もあるが、それを踏まえれば青春恋愛小説として楽しんで読めるだろう。