佐藤友哉『1000の小説とバックベアード』@猫町

あらすじ

 二十七歳の誕生日に仕事をクビになるのは悲劇だ。僕は四年間勤めた片説家集団を離れ、途方に暮れていた。(片説は特定の依頼人を恢復させるための文章で小説とは異なる。)おまけに解雇された途端、読み書きの能力を失う始末だ。謎めく配川姉妹、地下に広がる異界、全身黒ずくめの男・バックベアード古今東西の物語をめぐるアドヴェンチャーが、ここに始まる。三島由紀夫賞受賞作。(裏表紙より)

感想

 小説を書くことに何か意味があるのだろうか。小説家たちは毎日毎日小説のことばかり考え、考えに考え抜いている。にも関わらず、時には執筆に行き詰まってしまい、悩み苦しみ、懊悩する。更には小説を書くことに絶望すらしてしまう。そんな嫌な思いをしているのに、それでもまだ彼らが小説を書き続けるのはなぜなのだろうか。

 この小説はそんな小説家についての物語。主人公である木原は小説家ではなく『片説家』の仕事に就いていた。小説とは違い、片説とはたった一人の依頼人のために書かれる物語で、その依頼人を恢復させることを唯一の目的としている。片説はいわば医療行為のようなものであって、複数人で作られ、そこに自己表現は一切必要ない。そのため片説家というのはあくまで職業にすぎず、小説家とは似て非なるものなのだった。このような設定を用いることによって、この小説は、小説というものを改めて、深く見つめ直させるような構成になっている。

 展開が多少唐突だったり、独特の文章で綴られているために人を選ぶ作品ではあるだろう。しかし最終的に木原が辿り着いた結論は悩める物書きたちへの、著者からの激励のメッセージのように思えた。

 一度でも小説を書いたことがある人には、お薦めできる作品です。