相沢沙呼『ロートケプシェン、こっちにおいで』@刹那

あらすじ
酉乃と心が通じ合ったはずのクリスマスのあの日、しかし彼女の連絡先を聞き忘れたまま冬休みに突入してしまった。あの出来事は夢だったのではないかと、悶々と過ごす僕に、織田さんからカラオケの誘いが。カラオケの後の食事の際に、急に泣きながら飛び出していってしまった織田さんにいったい何が? 僕は酉乃に力を借りるべく『サンドリヨン』へと向かう……。バレンタインでの事件をはじめ、学園内外で巻き起こる謎をたおやかに解く、マジシャン・酉乃初の事件簿。(東京創元社HPより)


感想
 ミステリというジャンルは、人によって好みが大きく異なるジャンルであると思います。「トリックこそミステリの核だ!」と主張する方がいれば、「犯行に至るまでの動機やドロドロとした心理描写こそ至高!」と唱える方もいて、各々の思想は相容れず、あわや大戦争が起こるのではないかとハラハラさせるほどに好みはバラけてしまいます。
 では筆者はどうかと言うと、「二度楽しめるミステリ」を崇拝する傾向にあります。一度目に読んで作者の仕掛けたトリックにすっかり騙され、思わずもう一度読んで緻密に張り巡らされた伏線を理解して納得する。本作(というか本シリーズ)はまさにそれに当てはまるミステリだったと思います。
 前置きが長くなりましたが、本作『ロートケプシェン、こっちにおいで』は短編連作の形を取った、マジシャン兼安楽椅子探偵の酉乃さんと、彼女に恋する一生懸命な草食系男子須川くんによる学園青春ミステリです。ひとつひとつの短編が良質な青春ミステリであり、それぞれの物語を邪魔しない範囲で散りばめられる、一冊通じての謎の伏線の張り方がとても自然で美しく惚れ惚れします。それらが収斂されたラスト部分にはやや強引さがあり、仕掛けが大掛かりすぎて若干取り残される感がありましたが、再読するとすんなり解決できるので個人的にはそこまで気になりません。
 また、全編を通していじめの問題をテーマとして描かれておりますが、マジックの手法で人間関係を表現したり、いじめを赤ずきんの童話で比喩していたりと、ドロドロとしがちないじめの描写の表現が非常に美しく感じます。多角的にいじめの問題を描くことで、それらの鋭い痛みや重みややるせなさが伝わってきて、ミステリ要素を排した青春小説としてもかなりクオリティが高く面白い。心情描写が非常にリアルで、自分も高校生の時はこんなルールに縛られて生きていたなあ、と思わず過去に引き戻されるような現実味があり、引き込まれました。女子高生は本当に怖い生き物です。
 あちらこちらへ言及したせわしない感想となりましたが、軽い文体でいろんな角度から楽しめる一冊だと思います。個人的にはミステリとして十分に楽しめましたが、前述したようにミステリの好みは様々ですので、「ゆるい雰囲気のミステリは認めない」等、こだわりのある方はミステリという先入観を捨てて読んだ方が楽しめるかもしれません。
 今現在学校という狭い世界のルールに縛られて窮屈に生きている方も、遠い昔のことだなあと懐古される方も、是非読んでみてください。ただ、登場人物が多く少し複雑なので、前作『午前零時のサンドリヨン』(書評はこちら)を読んでからの読破をお勧めします。