お題『秘書』『冷凍室』『蝋燭』@助野 神楽

「次、僕の番だね。タイトルをつけるとしたら、『冷凍室にて消失』かな」Aが言った。
 五人の男が各々胡坐をかいて、円を成すように座っていた。
 中央には、火の灯った蝋燭が数本、消えたそれが数本。
「これはある中小企業の社長と、その秘書が体験した話なんだ」
「質問!」突然、Wが手を挙げた。「秘書って、男? 女?」
「何だよ、唐突に」隣でRがWを諌める。
「こう言うのを、藪から棒、っていうんだねえ」Tが呆れたように肩を竦めた。
「横槍を入れる、とも言う。こっちは不躾を承知で訊いてるんだ」
「重要なの? その、秘書の性別が」
「そりゃあそうさ。話を映像化し易いだろ? 右脳も鍛えられるし」
「まあ、いいけど……。女性だよ。今後質問は、内容によっては適宜受け付けよう」
「じゃ、A。続きを」
「時期は決算の前だったから、社長も秘書も大忙し。秘書の手帳は予定の書き込みで埋め尽くされていた」Aは左手で手帳を持ち、右手で持ったペンで書き込む、というジェスチャーをした。「その日、二人は地方にある会社の支店、特にそこの倉庫を視察するために出張していた。帳簿を確認したり、在庫を把握したり、管理体制をチェックしたりしていた。その途中、二人は冷凍室に入った」
「質問、いいかな」初めてKが口を開いた。「冷凍室とか、在庫とかってことは、食品関連の会社かな?」
「え? ああ、面目ない。言い忘れたね。正確には食肉関連の会社だ。冷凍室には牛や豚の肉が仕舞われていた」Aが説明する。
「面目ない、の使い方、微妙に間違ってると思うけど」
「まあまあ」RがKの指摘を宥める。
「それで、どうなるの?」Tが話を促す。
「冷凍室で社長は、秘書にデジカメで辺りの写真と撮るように命じた。秘書はそれに従い、鞄を置き、撮影を始めた。まず撮ったのは豚の頭部だった。中華料理店に販売するものらしい。豚の頭部は加工するのに、水分が多い眼球を取り除いておく必要がある、つまり丁度目のところにポッカリと穴が空いているんだ」
 Tが気持ち悪がっているのが、表情から分かった。
「秘書は撮影を続けた。そこで、凍った頭部の目の部分に、まるで吸い込まれてしまいそうな、そんなふうに錯覚した。次は牛の背中の肉の塊だった。所々鋭い骨が突き出ていて、それがまるで別の生き物のように思えた」
 Aは、聞き手を怖がらせるような表現を多用していた。W、R、Tの三人は右脳を働かせ、少なからず怖がった。
 だが、このときKは左脳を働かせ、「牛の、背中の肉か。何て言う部位だったかな?」と全く別のことを考えていた。
「その時、背後で電子音が鳴り響いた!」急な大声に、さすがにKも驚いていた。
「秘書が振り向くと、音は鞄の中、正確には秘書の携帯電話から聞こえたのでした」Aが笑いながら言う。
「何だよ」Rが小声で言った。
「秘書は携帯に出て、手帳とボールペンを取り出した。内容は翌日の会議の中止。秘書はその予定を消し、電話を切った。手帳を傍のテーブルの上に置き、秘書は作業を再開した。仕事が終わると、二人は本社へと戻ったのでした」
「ここまで、特に何も起こってないよね」WがRに訊き、Rは頷いた。
「そして、その二カ月後、その会社は倒産してしまったのです」
「はあ?」Rが叫んだ。「何だよ、その急な急展開?」
「日本語がおかしいよ」Aは人差し指を立てた「さて、ここで問題です。なぜ会社は潰れてしまったのでしょう? さあ皆で考えよう」
「楽しそうだな、お前」
「今までの話で、それを当てろと? 無理があるだろ」TとWは文句を言った。
「そうでもないと思うけど。ヒントを出すとすれば、秘書はあるミスをしたんだ」Aは続ける。「これまでの話をよく思い出してみなよ」
「こういうのはどうだろう」Rが手を挙げる。「秘書はカメラの扱いが下手で、写真がどれも使い物にならなかった、とか?」
「その位で会社が潰れるかよ」Tが漫才師のように突っ込みを入れる。
「まだ考えはあるぜ」Rは続ける。「冷凍室の寒さで、カメラが壊れた、ってのは?」
「同じ指摘をさせるな。写真がどうなろうが、また撮りゃあいいじゃないか」
「でも、冷凍室の寒さ、ってのはポイントだと思う」Wが意見を言う。
「まあ、この話の特殊性はそこにあるよねえ」Aはニヤニヤと笑っている。
「社長と秘書が風邪をひいて、会社の経営が危なくなった。どう?」Wは自信無さげに言った。
「だからって、会社が潰れたりしないだろうね」AはTと同じ指摘をした。「会社は、大ダメージを被ったのさ。だから潰れた」
「話の中で気になったことがある」次はTの番のようだ。「一見関係なさそうだったのに、やたらと存在が強調されたものがあった」
「それは?」Aは口を子供が描く三日月の形にしている。
「秘書の手帳だよ。あれには予定やアポイントメントといった貴重な情報が沢山書いてある。もしかしてだけど、秘書はうっかり手帳を冷凍室に忘れてしまったんじゃあないか?」
「ううぅん、残念! でも、すごい良い線言ってる!」
 三人は考えを進めた。ふと、先程から発言していない人物に気付いた。
「ああ、そうだ」その人物、Kが手を打った。
「どうした、K?」Rが訊いた。
「思いだしたんだ」
「何を?」
「サーロインだよ、サーロイン。牛の背中の肉の名前。やっと思い出した」
「あのなあ、K」Tは頭を抱えている。「そんな事どうでもいいだろ。それよりも、この問題の答えをだね……」
「ああ、それなら一つ思いついたことがあるよ」
「へえ、どんな?」Aが訊く。
「まず言っとくけど、これが正解なら結構アンフェアだと思うよ。一言で答えると、秘書のボールペンがまずかったんだろうね」
「ああぁ……、すごいね。正解。うん、少しアンフェアかも」Aは顎をさすりながら言う。
「どういうことだよ?」
「ここからは僕が説明するよ、K。皆知ってるだろ? 摩擦熱で色が消えるボールペン」
「ああ、俺も使ってる。消しゴムとかで簡単に消えるやつだろ?」Rは腕を組んだ。
「そう、それだ。あのインクは高熱を加えるとたちまち無色透明になるんだけど、冷却すると色が元に戻ってしまうんだ」
「あ、それ聞いたことある」Wは身を乗り出して言う。「確かテレビで実験してて、冷却スプレーかけると色が出るって」
「そうか! それで冷凍室か!」Tも気付いたようだ。
「もう分かったと思うけど、秘書は冷凍室のテーブルの上に手帳を置きっ放しにしていた。そのために今まで消したペンの色が戻って、スケジュールが読めなくなってしまった。忙しい時期だったから予定の変更は頻繁に起こっただろう。書いたり消したりを繰り返した手帳は読めなくなってしまって、社長の行動に支障を来した。その結果、経営が悪化して倒産してしまったんだな」
「なるほどなぁ。つまりK以外は外れたけど、俺たち三人は着眼点は悪くなかったんだな」
「R、お前はほど遠かったと思うぜ」Wは苦笑した。
「何で分かったんだ、K?」Tが訊いた。
「まず僕はそのボールペンについてよく知ってたから。あとは、タイトルかな」
「なるほど、『冷凍室にて消失』だっけ? なかなか気が効いてるな」
「まあね」Aは姿勢を崩す。「どうだい、恐ろしい話だろう」
「まあ確かに怖いけどさ。こんな小さな切っ掛けで会社が潰れることになるなんて。でも」KはAの方を向き直る。「怪談の席でする話じゃないと思うよ……」
「あ」
「確かに」
「そう言えば、俺たち、百物語してたんだよな」三人は同時に思い出したようだ。
「まあ、良いじゃないの。気分転換だよ、気分転換」
 Aは目の前の蝋燭を一本、吹き消した。