お題『歴史上の人物』『発明』『火事』@助野 神楽

「いい加減、話してはもらえませんかねえ。源さん」
「あんたも、苦労性ですねえ。嘉門の旦那。あっしは何も見とらん知らんと言うとるでしょうが。このやりとり、何回目だと思ってらっしゃるんですかい」
「五回目ですかな」嘉門はすぐに答えた。
「わかってらっしゃるなら、話が早い」源はため息をつく。「あんまり仕事の邪魔はせんといてほしいんですがねえ」
 源は振り向いて自分の仕事場を一瞥した。
 機械の部品、人形、そして沢山の書物。
 嘉門はここへ来る度に子供の頃に見たからくり演劇を思い出す。
「源さんが正直に嘘偽りなく話してくれさえすりゃあ、お仕事に没頭させてあげられるんですがねえ。因みに今は何を手掛けてらっしゃるんですかな?」
「今ですかい。浄瑠璃ですよ。新しい台本を一本今年中に書き上げにゃあならんのですよ。全く寝る間もありゃしない」
「へええ、浄瑠璃。いいですなあ、わたしも仕事ほっぽりだして、見に行きたいもんです」
「同心という職業はそんなことまで訊かんとやって行けんのですか」
「そんなことはあらしません。今のは、ほんの世間話ですわ」嘉門は微笑む。「まあ、ぼちぼち本題に入りますわな。と、その前に、約束して欲しいことがあるんですが」
「何ですかい?」
「金輪際源さんに事件について訊くことはしまへん、だから源さんも、全てを正直に話してはくれませんかねえ」
「約束もなにも、今までこちとら正直に喋ってはるんですがねえ」
「ほんなら、約束成立でよろしゅうござんすな。じゃあ、事件のおさらいと行きますわ」
 嘉門は懐から帳面を引っ張り出した。


「丁度十日前、改修工事中だった見世物小屋で突然火が燃え上がり辺り一面火の海になった。すぐさま火消しどもが近隣の建物を壊すなりして、程なく鎮火した。ここまではよろしいですかな?」
「ええ、大騒ぎでしたからねえ」源は湯のみを二つ文机の上に置いた。
「ああ、これはすんません。焼け跡から一人の大工の亡骸が出てきた。そいつの名前は秋田屋八五郎。ご存じですよねえ?」
「ええ、葬式にも行きはりました。一緒に仕事したこともありましたよ」
「そうでしたねえ。で、その葬式の最中に大変なことが分かった。八五郎の兄は町医者をやっとるんですが、その人が八五郎の亡骸を見たとき、頭、丁度てっぺんですわ」嘉門は自分の頭頂部を示した。「そこに殴られたような傷を見つけたんですわ。流石医者ですなあ」
「あっしもその場にいましたよ。そのお兄さん、番屋に知らせてくれって大騒ぎしてましたからねえ」
「もし八五郎が誰かに殴り殺されたんなら、わたしたちとしても放っておくわけにはいかんのですよ」
「前にも、いや、多分申し上げるのはこれで三回目だと思うんですが……、火事のとき木材が落ちてきのではないんですか」
「四回目ですよ。確かにその可能性も十分にありますな。でも、亡骸の上に木材は全くなかったのですよ。それを考えると、どうも苦しい」
「そう考えるのが自然だと思うんですがねえ。それに、旦那も仰っていたじゃああらしませんか。もし殺しだったら、犯人がどこへ消えたか分からないって」
「そこなんですよねえ、わたしが頭を悩ませているのは。見世物小屋は完成間近で周囲にはそこそこの見物人が集まっていたそうで、そんななかで火事が起こったものだから野次馬がまあ集まるわ集まるわ。火が大きくなる頃にやっと逃げ出したようですが、火消しが嘆いてましたよ、仕事を邪魔されたって」
「その見物人は屋根の修理をする八五郎を見ているんでしょう? で、八五郎が小屋の中に入って、その後火の手が上がった。誰かが八五郎を殴り殺したなら、犯人はどこへ消えたっていうんですかい? 煙みたいに消えたってのは無しですよ」
「源さん、先程約束したではありませんか正直に話すと。どうかその辺りのことを話してはくれませんかねえ」
「何度も言わせないで下さいな。あっしは事件と何の関係もあらしません」
「本当に?」
「無論ですとも」
「わたしは無根拠に人を疑ったりはしません。源さん、あんたには動機がある。八五郎があんたの書いた設計図を盗んだことがあるのはもうとっくに判ってるんです。もう話しませんか、真実を」
「くどいですね! そんなにあっしを捕まえたきゃあさっさとしょっぴけばいいでしょう。それができないのは今あっしを捕まえてもお奉行様が無罪放免の判決を下すことが明々白々だからだ。違いますかな?」
「違いますねえ」嘉門は一貫して笑顔を崩さない。
「何を仰いますやら」
「仕方ありません、わたしの出した結論を申し上げましょう。犯人は、源さん、あなたでしかありえません」


「あなたは始めから見世物小屋に潜んで、八五郎を殺して放火した、そして火事の火が強くなり、野次馬がようやっと逃げ出したときに逃げたんです」
「何を馬鹿な……、そがいなことをしたら死んでしまう」源は肩を竦め、茶を啜った。
「この状況で笑ってられるとは、肝が据わってらっしゃいますな。しかし犯人が消えるにはそれしか方法がない」
「確かにそうかもしれないが、どうやってそんなことができると仰るのですかな? そしてなぜ、それがあっしだと断言できるのですかな?」
「答えは一言で済みます。火浣布ですな」
 一瞬、源の表情がまるで、浄瑠璃の人形のように変化したが、すぐに嘉門を睨みつける。
「あなたのことを調べていて、随分面白いことが分かりました。特別な石から燃えない布を作ることに成功したとか。そしてそれを幕府に献上したとか」
「昔の話ですよ」
「それでもあなたはその布の作り方を知っている。いや、この日本ではあなたしかいないでしょう火浣布で雨合羽を作ることができるのは」
「雨合羽、ですか」
「そうです。この際火合羽と言うべきか。あなたはそれを着て火事の中でも生き延びられた。これで消えた犯人のできあがりです。何か反論はありますかな?」
「そんな良い分が、奉行所でまかり通ると思うんですかい」
「いいえ、思っとりません。無学な奉行は火浣布など聞いたこともないでしょうからな」
「では、あれは嘘だったんですかな? あっしを捕まえられるっていうのは」
「あなたを捕まえる? いやいや、わたしは始めからそんなこといってませんよ」嘉門は茶を飲み干した。「先程、違いますねえ、と言ったのは、無罪になるって点じゃあございません」
「は? じゃあ、なんだと言うんですか」
「捕まえられないのは、じゃなくて、捕まえないんですよ、わたしは」
「どういうことですかな?」
「はっきり言いましょう。この事件を通じて、わたしは確信しました。あなたが天才だと。発明家の中の発明家だと。そんな人、牢屋に放りこむのは惜しいんですよ」
「宜しいんですかい? 同心がそんなこと仰って」
「わたしの仕事は罪人をしょっぴいたりして、人々の暮らしを支えることですよ。源さん、あんたをしょっぴくのはそれに反する。じゃ、答え合わせも終わったんで、わたしはお暇しますよ」
「さっきの約束はどうなりました? 結局こっちが破ってしまいましたが」
「さっきまでのあなたの態度がとっても正直でしたからねえ。それでわたしも満足しました。じゃあ、いつか浄瑠璃見に行きますからね」
 嘉門は立ち上がり、どこか楽しそうな足取りで出て行った。
 源は暫くその場で座っていた。
「あっしは天才じゃあねえですよ。あんたっていう、同心の中の同心に見破られちまったんですからねえ」
 源、もとい平賀源内は煙管に火をつけ、一人呟いた。