お題『歌舞伎』『パイロン』『もうちょっと』@師父

酩酊している。
「もうちょっとだったのになぁ」
酒と香水の匂いを振りまいて、歩く。
視界はぼやけ、音は遠く。
脳裏には、先刻の歌舞伎の情景。
「あの芸者さん、美人だったなぁ」
今まで見た誰よりも美しく見えたのは、酔いのせいだろうか?
思い出すだけで頬がゆるむ。
ぼぅっとしていたからだろう、カラーコーンにつまずいて、工事中の穴の中へと落下した。
「残念だったなぁ」
くく、と笑いが込み上げる。
みじめだ、そう思った。
彼の事を。


彼は極度の人見知りだった。
恋愛に幻想を抱いていた。
「手を繋いでみたいんです」
なんて、青いセリフ。


「良かったじゃあないか」
その青さを、包み込んでもらえて。
「良かったじゃ、ないか」
この毒は、使える。


「大事な指輪なんだろう? 俺が渡しておいてやるよ」