お題『アヒル』『紅茶』『麻雀』『桜』@窪屋

三題噺というか四題噺ですが、そこはお気になさらず。


 暗い部屋の中心には一台の雀卓。俺は扉から一番離れた側に座っていた。右隣にはひょろい幸薄そうな男、左隣にはスーツを着こなした男が座っている。二人の本名は知らないが、それぞれ『桜男』と『紅茶男』と呼んでいる。どちらも理由は簡単だ。桜男の方はこの男の幸運が、まるで桜の花びらのように散っていくことからだ。このメンツで麻雀するのはもう何十回となるが、どれだけ好調であってもこの男が一位になることはなかった。というのも最後の最後にいつも大ポカするのだ。今までの好調が嘘のように消え去るその様は、まさしく風によって一瞬で花散る桜のようなのだ。紅茶男の方はというと、見た目からくるダンディな風格と、その手配の渋さからだ。なので、手配が甘いときはミルクティー男と呼んでいたりもする。もちろん、どちらも実際にそう呼んでいるわけではないが。
 ガチャリと音をたてて扉が開いた。その隙間からぬっとあらわれたのは、みすぼらしい小柄な男だった。遅れてすみません。そう言う男の声は小さく、そしてわずかに震えている。俺はこの男のことを家鴨男と呼んでいる。全戦全敗。まるで相手にあがらせるためのような存在のこの男はただの鴨なんかではない。まさしく、人のために生まれ、飼われる家鴨のようだった。だが、そんなことはどうでもいい。今日もこの時間がやってきたのだ。
 ジャラジャラと音をたてて牌をかき混ぜる。満月の夜、俺たちはここに集まって麻雀をするのだ。牌を並べ、配り、一局目を始める。俺は自分の手配を見てほくそ笑んだ。今日も俺の調子は絶好調のようだ。
 面白いように勝ち続け、最終局となった今、流れは完全に俺のものとなっていた。二位以下を突き離し、まさに独走状態である。そして最後の場となった。今回も俺の勝ちだ。そう確信した時だった。家鴨男が俺の捨て牌を指差して口を開いた。ロン。その場の空気が一変した。桜男と紅茶男が焦ったような表情で家鴨男を見つめていた。それもそうだ。最下位だった家鴨男が上がれば、自分たちが最下位になるかもしれないのだ。静まり返った部屋の中心で家鴨男が見せた手役は驚きのものだった。四倍満……桜男が震える声で呟く。俺の持ち点よりも高い点数を叩き出した役を見て、俺は愕然した。そんな、俺が負けるだなんて。がっくりと項垂れた状態で、ふと、ある童話を思い出した。そうか、醜い家鴨は白鳥へと成り代わったのか。その呼び名をつけた自らを呪い、俺は天を見上げるしかなかった。