お題『グラウンド』『SF』『目薬』@三奈月かんな


しぱしぱする目をぎゅっと閉じて、かなえは目の前に広がる景色を遠ざけた。いつも使っている目薬はあいにくと昨日きれたところだった。
教室の窓から見えるグラウンドでは、陸上部員が今日も元気に走っている。かけ声、足音、ホイッスル、水音、砂のはねる音……
雑音だらけの光景はあまりに刺激が強い。少なくともかなえには。
長期間の入院生活はかなえの全てを敏感にしていて、まるで自分が場違いな存在であるような気さえしてくる。いや、実際そうなのだろう。授業中の紙をめくる音もひそひそ声も足をゆする振動でさえ、かなえに世界を強く強く伝えてくるのだ。
だからどうにも馴染めなくて、みんなして帰っていく雑踏の中へ入り込む勇気もなくて、かなえはぼんやりと教室に残った。他には誰もいない。そんな寂しくて、病院の個室に似た空間に。
入学式から二週間。グループが決定するには十分で、音の洪水に飛び込めないかなえが「一人ぼっち」に決まるのにも十分な時間が経っていた。
これを変えるにはきっと、来年のクラス替えまでは待たなくてはならないだろう。
その頃にはきっと、今よりは刺激に慣れて、鈍感になっているはず。そうなっていなければ困る。
そっと、かなえは目を開けた。
そろそろ通学路も人がまばらになった頃だろう。
帰ろうかと腰を浮かせたかなえの耳に、教室の入口に人が立つ音が届いた。
「あれ、まだ残ってたんだーー?」
目を向けると、そこにはクラスの中心になっている少女がいた。名前は確か、結城、だったはず。下の名前はあだ名で呼ばれていて、覚えていない。
その、結城という少女はかなえが教室に残っていたことによっぽど驚いたらしい。
広川さんは何してたの。と自分の名を呼ぶ結城少女に分からないように、かなえは小さな息を吐いた。
あまり想像したくはないが、一人教室に残っていたことは明日からクラス中に言いふらされて、あることないことまで言われるようになっていくのだろうか。少なくとも、中学までは、グループに入れない人はそういう目にあっていた。
別に、何も。とかなえが視線を逸らして答えると、結城少女はふぅん、とだけ頷いた。その続きが来る前に逃げようかとかなえがカバンをつかむのと同時、彼女はそっか。とまた言葉を落とした。
その響きが想像していたもののように他人事ではないように聞こえて、かなえはきょとり、と動きを止めた。思わず結城少女の顔を見ると、そこには人をからかおうとする様子も馬鹿にする様子も、詮索する様子すらなくて、かなえの予想を静かに裏切った。そのことに驚いたかなえが次の行動を決めかねていると、先に気を取り直した結城少女はまた頷く。今度は何かに納得したように。
そして、教室の中に入って、何故だか動けないでいるかなえの空いている方の手を取ると、にっ、と笑った。
「ねえ、うちのとこへ……SF研究会に一緒に来てみない?」