昼下がり、ユウキは一人で歩いていた。
今日は夏祭りの日だ。もうしばらくすればこの通りも人でいっぱいになるだろうが、会場である神社はまだ準備中。この時間に神社にむかうものはユウキだけだ。本当は行く気などなかったのだが。
「まったく、アカリが忘れ物するから」
ユウキの手にはかわいらしい模様のかばん。ため息だってつきたくなる。
強い日差しに閉口しながらもすれちがう人に挨拶し、道端の地蔵に手を合わせ、歩くこと数分。やっと神社に着いた。
「おーい! ユウキ!」
元気のいい声が神社に響き渡った。
声のしたほうに目をやると、ユウキと瓜二つの少女がかけてくる。
「ありがとね。かばん、もってきてくれて」
「気をつけてよね」
「あはは、ごめんごめん」
笑ってあやまるアカリにユウキはまたため息をつきたくなった。
「双子なのになんでこうも違うんだろ」
そう、この二人は双子だ。同じ服装をすれば見分けがつかないほどよく似ている。とはいっても、似ているのは外見だけ。中学生にもなれば、内面はかなり異なってくる。慎重で内向的なユウキとは対照的に、アカリは活発でおおざっぱ。戸籍上の兄であるユウキより、妹のアカリのほうが主導権を握ることが多い。
「細かいことは気にするな! そんなことより、あっちでジュースでも飲もうよ。お礼におごるから」
そう言って、アカリはユウキを神社の裏の方へ引っ張っていく。そこは林になっていて、日差しをさけて休むにはちょうどよかった。
「祭りの準備は手伝わなくていいの? たしか、友達のお父さんが屋台をやるとか言ってたけど」
「正確にはおじさんね。思ったより人が集まったみたい。もうほとんど終わったんだ」
答えながら、アカリは買ってきたジュースの片方を渡す。
「適当に買ったけど良かったよね。さて、かばんの中身は無事かなっと」
かばんからアカリがとりだしたものを見て、ユウキはあきれ果てた。
「花火? そんなものどうするの?」
「あとでみんなと遊ぶに決まってるじゃない」
「じゃあ、今もってこなくてもよかったよね? こんなに明るいうちから」
「あわよくば、ユウキにも準備を手伝わせてやろうと思って」
「…………」
「と、ところで、花火って言えばさあ」
額をおさえるユウキにいやな予感がしたのか、アカリは話題を変えた。
「今夜は来るかな? あいつ」
あわてた様子のアカリに苦笑して、ユウキは懐かしげに、林の奥に目をやった。
「さあ? 来るとは思うけどね」
夏祭りの日。二人が小学生のころのことだ。
* * *
「あぶないよ、アカリ」
「だいじょうぶだって」
その年、ユウキとアカリの両親は祭りの準備に参加していた。はじめは二人とも少し離れたところで遊んでいたのだが、アカリがおとなしくしているのにあきてきた。そこで、神社の裏の林を探険しようと言いだしたのだ。
ユウキも退屈だったのでついて行ったのだが、奥へ進むにつれて不安が大きくなってきた。
「ねえ、そろそろ帰ら」
帰らない? と言おうとしたときだった。
「……?」
何かを見つけた。
なんだろう、とそばの茂みを覗き込んでみると。
「うう、困ったことに……ん?」
それと目が合った。
「うわあ!」
「ああ! に、人間!」
ユウキとそれは同時に悲鳴を上げて飛び上がった。
「どうしたの? きゃああ!」
悲鳴を聞いてふりむいたアカリも悲鳴を上げる。
「お、おばけ! いやあ! こわい!」
「ア、アカリ、落ちついて」
アカリはパニックにおちいったが、そのおかげでユウキは少し冷静になれた。
「な、な、な、何で人間が?」
「ほら、君も落ちついて」
ユウキはくちばしをパクパクさせているそれを改めて観察してみた。
背格好はユウキと同じくらい。しかし、その容姿は大きく異なる。まず、その顔には口ではなく大きなくちばしがついているし、背中からは黒い翼が生えている。そして、肌は真っ黒な羽毛で覆われていた。
「えっと、君は何?」
相手が落ちついたのを見計らって、おっかなびっくり尋ねてみる。
「おれか? おれは烏天狗だ」
「カラステング? おばけ?」
同じく落ちつきをとりもどしたアカリが首をかしげると、烏天狗は怒声を上げた。
「おばけじゃねえ! もっとすごいんだぞ! いいか、人間。おれを見たってこと、だれにも言うんじゃないぞ。言ったらしょうちしないからな」
すごい剣幕に圧倒されて、二人は必死に首を縦にふった。
「よし、じゃあ、とっとと帰れ」
烏天狗が背をむけたので、アカリはほっとした。しかし、ユウキはその背中に話しかけたのだ。
「ところで、何か困ってるみたいだけど、手伝おうか?」
「ち、ちょっと、ユウキ!」
アカリは驚いたが、ユウキは気にしない。
「困ってるときはおたがいさま、でしょ?」
烏天狗も驚いたらしく、ポカンとくちばしをひらいた。
「手伝おうかって、お前なあ……でも、ううん……よし、そう言うのなら手伝ってもらおうじゃないか」
「うう、ユウキの馬鹿」
早く烏天狗と別れたかったアカリはユウキを恨めしげににらんだ。だが、ユウキの方は内心喜んでいた。はじめは驚いたものの、烏天狗に興味がわいてきたのだ。
「で、何をしたらいいの?」
たずねると、烏天狗は少しためらったが、話しはじめた。
「天狗の隠れ蓑って知ってるか?こいつを着ると姿が見えなくなるっていう魔法の蓑なんだ。もちろん、おれも持ってる。今夜は人間の祭りがあるってんで、隠れ蓑を着てこっそり遊びに行こうってことになった。それでな。おれも久しぶりに隠れ蓑を取り出したんだが、ちょうどそのとき、風が吹いてな。それで……」
「隠れ蓑を吹き飛ばされちゃったんだ」
最後をユウキがひきついだ。
「じゃあ、あたしたちはそのカクレミノっていうのを探せばいいの?」
アカリが不満げに言った。
「どうやって探せって言うのよ。見えなくなるんでしょ?」
「いや、そいつはだいじょうぶだ。だれも着てないときはただの蓑にしか見えない。それに、だれかが着たんなら天狗の仲間が気づくはずだ。隠れ蓑をなくしたなんて知られたら馬鹿にされるから、早く見つけないとな」
「分かった。アカリ、探そうよ」
アカリはため息をついた。普段はアカリが自分の意見を押し通すが、実はユウキも一度言いだしたら聞かないところがある。
好奇心でキラキラと輝くユウキの顔を見れば、反対するのが無意味なのは明らかだ。
「おお、お前、けっこういいやつだな。えっと」
「僕はユウキ。こっちがアカリだよ」
「そうか、それにしても、お前らそっくりだな」
「双子だからね」
意気投合しているユウキと烏天狗を見て、アカリはまたため息をつきたくなった。
「双子だからって、何でこんなとこだけ似るのかな」
「風向きから考えて、こっちの方だ」
烏天狗を先頭に三人はどんどん林の奥に入っていく。
「こんなに進んだら、林の外に出ちゃうんじゃない?」
「何言ってんだ。林を出ようと思ったら、この倍は歩かないといけないぞ」
などと話していると、不意に烏天狗が立ち止った。
「どうしたの? 見つかった?」
「いや、地蔵さんだ」
「お地蔵さん?」
烏天狗の前方を見てみると、たしかに小さな地蔵があった。
「別にお地蔵さんを探してるわけじゃないんでしょ?サッサと行こ」
アカリが文句を言うが、烏天狗は諭すように言った。
「そうはいかない。地蔵さんを見かけたら、手を合わせとかないといけないんだ」
そう言って、烏天狗は地蔵に手を合わせた。
「そういうものなの?」
ユウキがたずねると、
「そういうもんだぞ」
烏天狗はもっともらしく答えた。
さらに進むが、隠れ蓑は見つからない。
「なかなか見つからないね」
あたりを見回しながら、ユウキが言った。
「そうだな。お前ら、やっぱり帰るか?」
「いや! こうなったら、見つかるまで探す!」
アカリはきっぱりと言い放った。はじめこそいやだったものの、ここまで来れば意地でも見つけ出さなければ気がすまない。
「お前らを探しに大人が入ってくると面倒なんだけどな」
烏天狗は頭をかいた。と、何かを見つけたようだ。
「ちょっと待ってろよ」
と言うと、返事も待たずに茂みのむこうへ消えていった。
「何だろ?」
「こんどこそ隠れ蓑かな?」
双子は顔を見合わせた。いきなりどうしたのだろう。
烏天狗はすぐに帰ってきた。
「おう、待たせたな」
なぜか、壊れた傘を持っていた。
「何それ」
「ゴミだ」
当然だろう、というような顔で答えられたが、アカリが聞いているのはそういうことではない。
「何でゴミなんか持ってきたの?」
「落ちてたからな」
やはり、当り前な顔で答える烏天狗。
「ゴミが落ちてたら拾うのがマナーってやつだぞ」
人ならざる者にマナーを説かれて、アカリは少しムッとした。
「そういうもんなの?」
アカリがたずねると、
「そういうもんだぞ」
烏天狗はもっともらしく答えた。
さすがに、三人に疲れが見えはじめた。
「なあ、もういいから帰らねえか?」
「いや」
烏天狗の言葉にも耳を貸さず、アカリは探すのを止めないが、口数は少なくなっている。
となりのユウキは残念そうだ。
「気持ちはわかるけど、そろそろ帰らないといけないかも」
その時、何かに気づいた。
「ねえ、あそこの木の枝に引っかかってるのって」
「あ!ほんとだ! 知ってるよ! あれが蓑でしょ!」
ユウキの指さす先には、木の枝に引っかかった大きな鳥の巣のようなものがあった。
「おお! たしかに、きっとおれの隠れ蓑だ」
烏天狗は大喜びで木に飛びついた。木登りが得意なアカリはそれを追いかける。
二人はするすると木を登って行く。
「くそっ。これ以上登ると枝が折れるな。おい、ユウキ!枝をゆらすから、落ちたら拾ってくれ!」
烏天狗は大声で呼びかけると、枝をやらし始めた。あまりに力が強いので、アカリは力いっぱい木にしがみつかないといけなかったほどだ。
ブン ブン ブン
「もうちょっとだ」
ブン ブン ブン ガサッ
「よし、落ちたぞ!」
蓑は下で待っていたユウキの頭の上に落ちた。
すると、
「うわ!」
驚いた声とともに、ユウキの姿が消えた。
「……!」
アカリは言葉を失ったが、すぐにユウキの姿が現れたのでほっと胸をなでおろした。
「びっくりした。ユウキが消えちゃった」
「そうだろ。天狗の隠れ蓑ってのはすごいんだぞ」
烏天狗は自分のことのように自慢げに言った。
その後、二人が神社に戻った時にはあたりはすっかり暗くなっていたので、両親からこっぴどく叱られることとなった。
罰として祭りでは何も買ってもらえなかった。
「うう、ひどい。わたあめもダメだなんて」
「まあまあ、花火はやらせてもらえるんだから」
涙目のアカリをなぐさめるユウキもさびしげだ。
「なんか、悪いな。おれのせいで」
何もないところから声がした。烏天狗が隠れ蓑を着ているのだ。
「いいよ。けっこう楽しかったし。ね? アカリ」
「……うん、まあ、楽しかった」
ユウキは笑顔で答え、アカリも涙をふいてうなずいた。
「ようし、わたあめのぶんも花火を楽しむぞ!」
悲しみから立ち直ったらしいアカリの声に、ユウキはうれしそうに笑って花火の袋を開けた。
「あたしはこの大きいやつ!」
「じゃあ、僕はこの変わった形のをやってみよう」
二人は思い思いの花火を手に取り、さっそく火をつけはじめた。
「おお、きれいだな」
烏天狗が感嘆の声を上げる。
「烏天狗もやりなよ」
「いいのか?じゃあ、このちっさいのにしよう」
烏天狗が選んだのは線香花火だ。
「ダメ!」
「それはダメだよ」
すぐに双方からのダメ出しがとんだ。
「ダ、ダメなのか?」
「当り前だよ。線香花火は一番最後にやるって決まってるの」
「そういうもんなのか?」
烏天狗がたずねると、
「「そういうもんなの」」
双子はもっともらしく答えた。
* * *
「おーい、アカリ!」
神社の方からアカリを呼ぶ声がする。
どうやら、アカリの友達のようだ。
「どうしたの? 準備はもう終わったよね?」
「うん。だから、おじさんが試食させてくれるって」
「わあい! ユウキも来る?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「そうと決まれば、さあ、行こう!」
元気に歩きだすアカリの後を追う前に、ユウキは林をふりかえった。
あれ以来、烏天狗には会っていない。
もしかしたら、二人の夢だったんじゃないかとも思うが、本当の出来事だったのだと信じている。
「きっと、また会えるよね」
つぶやいて、歩き出す。
前を見れば、アカリが落ちていたビニール袋を拾っていた。
[FINE]