京極夏彦『魍魎の匣』@黎明

【あらすじ】
匣の中には綺麗な娘がぴったり入ってゐた。箱を祀る奇妙な霊能者。箱詰めにされた少女達の四肢。そして巨大な箱型の建物―箱を巡る虚妄が美少女転落事件とバラバラ殺人を結ぶ。探偵・榎木津、文士・関口、刑事・木場らがみな事件に関わり京極堂の元へ。果たして憑物は落とせるのか!?日本推理作家協会賞に輝いた超絶ミステリ、妖怪シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

【感想】
本作は京極堂シリーズ2作目で、世間的にはシリーズ5作目の『絡新婦の理』と並んで人気の高い作品である。ページ数が文庫サイズで約1000ページと尋常ではないので、読む前は時間がかかるだろうなと思っていたのだが、読みはじめたら止まらなくなり結局一晩で読んでしまった。正直、1作目の『姑獲鳥の夏』は面白かったけどそれほど引き込まれなかったため、これが微妙だったらこのシリーズはあきらめようと思っていたのだが、これはもう5作目まで読まなければならないという感じ。

さて、本作は2つの事件と一編の小説(の一部)が代わる代わる語られる構成となっている。1つめは、刑事・木場が偶然関わることになった列車事故、さらにはその際に重傷を負った患者が運び込まれた箱型の治療施設で起きる人体消失事件。もう1つは、文士・関口の元に雑誌記者からネタにならないかと持ち込まれた連続バラバラ殺人事件である。それに加えて匣詰めにされた美少女をめぐる一編の小説「匣の中の娘」が挿入されるので、事件の不可思議性や猟奇性と相まって独特の怪しい雰囲気が出ている。もちろんシリーズの売りである京極堂の妖怪蘊蓄も健在で"魍魎"という妖怪の特異性、さらには妖怪以外でも動機というもののあやふやさやオカルトの定義など京極堂は軽やかに論じていく。そしてこういった蘊蓄や本書の構成は事件とは無関係ではなく、この事件の真相や事件の関係者の心情を理解するのに一役立つので読み飛ばせない。逆に言えばこの辺の蘊蓄を読み手が鬱陶しいと思ってしまったら本書の魅力は半減してしまうだろう。

本作のクライマックスはもちろん事件の謎解き、つまり京極堂が関係者の"魍魎"を祓う場面である。そこで明かされる事件の真相と魍魎に取りつかれた関係者の狂的な行動はある程度は予想できるものではあるけれど、それなりにインパクトのあるものになっている。特に私が本作を読んでいてもっとも印象に残ったのはその中で明かされる本作のヒロイン加菜子に対するある人物の想いである。この想いは比喩できないほど凄まじく、おかげでその人物への印象が一変してしまった。このどんでん返しは本当に素晴らしい。ともすれば暗澹たる読後感になりそうな物語だが、この人物の存在によってそういう暗い気持ちは吹っ飛んでしまった。みな魍魎にはやし立てられながらもこっち側にいるのに、一人、向こう側に行ってしまったその人の存在こそある意味で本書最大の魅力かもしれない。

物理的にも厚くて重い本であるが、それに見合うだけの物語は提供されていると思う。1作目のネタバレは無いので、興味を持たれたらこの作品からでもぜひ読んでみてほしい。

ちなみにこの作品は映画化とアニメ化しているみたいなので、分厚くて読む気にはなれねぇよ! という人はそちらを観てみるのもいいかもしれない。