奥田英朗『町長選挙』@刹那

あらすじ
町営の診療所しかない都下の離れ小島に赴任することになった、トンデモ精神科医の伊良部。そこは住民の勢力を二分する町長選挙の真っ最中で、なんとか伊良部を自陣営に取り込もうとする住民たちの攻勢に、さすがの伊良部も圧倒されて…なんと引きこもりに!?泣く子も黙る伊良部の暴走が止まらない、絶好調シリーズ第3弾。(「BOOK」データベースより)


感想
本作『町長選挙』は、精神科医伊良部一郎シリーズの三作目です。今作もほんのわずかばかりのリンクをのぞけば、ほとんど重ならない短編集です。
主人公は伊良部先生のもとへ診療に来る患者たち。彼らの目を通して伊良部一郎というはちゃめちゃな人物像を描いていきます。序盤の段階だと、デブで色白、マザコンで幼稚、無神経で自己中心的、などなどとんでもない人物だと散々にこきおろされ、ろくな印象が出てきません。読者としてかなり引いた位置で眺めるこちらにとっても、言いたいことを率直にいい散らす姿は、精神科医として、悩みを抱えて訪れた患者に対する対応としてはおかしいと感じます。
ですがそんな伊良部先生がさりげなく放つゆるい言葉が、患者たちの心を解きほぐすような、ふっと心を軽くするような結果をもたらします。突拍子もないような発言の中に、すっと一筋、逃げ道を指し示してくれるのです。個人的には、常識的過ぎる目のせいで、自分を映す鏡が歪んでるように感じられるせいで不調をきたしている患者たちの目をクリアにするためにあの破天荒ぶりがあるように感じます。教訓的というでもなくあくまでさりげなく、大事なところをついてくるところが大変好みでした。次第に伊良部先生の信者になろうという気持ちが芽生えたり芽生えなかったりします。
また、精神病などというと暗くてドロドロとした話になりがちですが、そうしたむちゃくちゃな行動は明るく問題の核心をつき、作品全体の明度を上げ、精神病に関わる話としての重さや緊張感を失わない程度に読みやすく入り込みやすい雰囲気を作っています。そうした作品としてのバランスが大変心地よく感じられました。
心にまつわる話ですので、その時々の精神状況によって読み方や印象が変わってしまう所があるかと思いますが、日々欝屈とした気持ちで過ごしているという方に気分転換としてお勧めしたい一冊です。もちろん、そうでない方もかなり気楽に楽しめると思いますので、興味がおありなら御一読ください。