お題「西」「ファミコン」「憂鬱なメガネ」@窪屋 綾人

私、近野 明香里の趣味はゲームである。それはもう友人全員が『明香里は根っからのゲーム廃人だよね』と口を揃えて言うほどのものだ。
そのせいか、若いころから視力が悪く、高校2年となった今では分厚いレンズのメガネをかけなければいけなかった。はぁとため息を吐きながら、私はその憂鬱なメガネを机に置く。ずっとかけていたため目が疲れたのだった。
「明香里〜。何してんだ〜?」
 ぼやけた世界の中で、不意に呼び掛けられる。一瞬戸惑ったが、よくよく聞けば声の主が誰か判別するのは容易かった。その声の主がさらに問いかけてくる。
「明香里〜。無視するのか〜。お〜い。メガネ外しててこっちが見えてないのか〜」
 視界の端で手をひらひら振っているのが見える。私は先ほどよりも大きなため息を吐いてから返事をした。
「何もしてないし、それにちゃんと見えてるわよ。それより何の用よ、涼?」
「別に〜。明香里に会いに来ただけ〜」
 先ほどからの声の主、斎賀 涼がいつも通りの間延びした声で答える。こいつとは小学校からの腐れ縁であるが、ウザったい話し方も、馴れ馴れしい態度もそのころと全く変わらない。まぁ本人にそんなことを言えば『明香里だってずっとゲーム一筋じゃ〜ん。お相子だよ〜』と返されるのがオチなので絶対に言うつもりはないが。
 机に置いていたメガネをかけ、私は涼に話しかける。
「私はそんなつもりないんだけど」
「え〜そっけないな〜。でも、これを見てもそんなことが言えるかな〜」
 涼はへらへらした表情を崩さずに鞄から何かを取り出し、私の目の前に持ってきた。刹那私は涼からそれを奪い取った。
「ちょっと、これってファミコンのソフトじゃない! しかも私がずっと欲しがってたの。なんであんたが持ってんのよ!」
 私がまくしたてるようにそう言うと、涼は両手を胸の前で広げ、少し引き気味に答えた。
「ちょっと落ち着けって。たまたま見かけたから勝って来てやったんだよ。どうだ、嬉しいか〜? 涼様に感謝の言葉を言っても良いんだぜ〜」
「はいはい、そうね。ありがとう」
 途中から調子に乗り出した涼に対し、適当な返事をして受け流す。
「もうちょっと感謝してくれてもいいだろ〜。まぁいいや。それよりさっさと帰ろうぜ〜」
 口を尖らせて文句を言っていた涼だったが、気が変わったのか私の腕をとって帰ろうとごね始めた。
「待ってよ。なんでそんなに急かすのよ」
「え〜。だって折角手に入れたんだし、このゲームを明香里がやってるところ見たいんだもん」
「家まで付いて来る気?」
私がそう聞くと、涼はとびきりの笑顔でうんと言って頷いた。その姿にドキッとする。昔からこうだ。あんなに鬱陶しいと思っているのに、ふっと見せる無邪気な様が可愛くて、ついつい許してしまうのだった。はぁとまたため息を吐く。
「仕方ないわね。さっさと帰るわよ」
 そう言って私は鞄を背負いながら立ち上がると、涼を置いて歩き始めた。
「待ってよ〜」
 そう言って涼が後ろからついてくる。振り返らなくても、涼が私に寄り添うように歩いているのが分かった。

いつもと同じ夕暮れ時。西日に照らされながら、私たちは一緒に帰宅する。どちらかが示し合わせたわけではないが、気付けばお互いこうすることが当たり前になっていた。私は涼が来るだろうと教室で待ち、涼は私が待っているのを見越して話しに来る。そんな二人の関係。口ではどんなことを言おうと、私にとって涼は大切な存在なのだ。
「明香里〜! ゲーム、楽しみだなぁ」
 涼が楽しそうに私の顔を覗き込んで笑った。つられて私も笑い返す。
「そうね。でも涼にはやらせないから」
「えぇ〜! そりゃないよ〜。明香里〜」
 涼が腕にしがみついて必死に頼み込んでくる。私はこの後のことを思い浮かべてフフッと笑みをこぼしたのだった。


三題噺のお題メーカーより
「西」「ファミコン」「憂鬱なメガネ」ジャンルは百合
とのことでした。