お題『窓』『蜂蜜』『宝物』@掛流野カナ

朝の香りを含ませて、爽やかな風が吹き抜ける。開け放った窓から吹いてきたその風は、私の髪をなびかせた。
おひさまのにおいが強い気がする。夏が近いからだろうか。


小鳥の鳴き声に混じって、微かなブンブンという羽音が聴こえてくる。
彼らは働き者だ。隣の部屋でまだぐーすか眠ってる誰かさんとは違って。まあ、彼も疲れているのだろう。
辺ぴな場所に立つこの小さなログハウスは、首都圏に勤務する彼にとってかなり遠いから。
それでも彼は絶対ここから通うと言うのだから、本当に変わり者だ。私も一年前までやってたけどさ。


さて、お寝坊さんを起こす前に朝ごはんを作ってしまおう。休日くらいゆっくり寝かせてあげなきゃね。
椅子の背にかけっぱなしだったエプロンを手に取り、手早く身につける。
トーストとサラダと、昨日の晩ご飯の野菜スープと・・・オムレツくらい作ろうか。
あとは、例の働き者さんたちから頂いた素敵な蜜。今日はどこにあるかな?
きょろきょろと周囲を見回す。
あったあった。
棚の中にひっそりと置かれていた瓶を手に取る。中には金色に輝くどろりとした液体。
彼は使ったものを絶対決めた場所に戻さない。この瓶に至ってはしょっちゅう彼が使うから、どこにあるか分かりゃしない。


部屋の中がトーストの焼ける香ばしい匂いで満たされていく。
奥にあるドアがカチャリ、と開いた。
「んあー……おはよ」
匂いに釣られたのか、彼が眠い目をこすりながらやってきた。
「おはよ」
「めし、できてる?」
「できてる。はい、これ持って行って」
「ん」
出来上がった朝ごはんの皿を彼に押し付けると、彼はのそのそと食卓へ向かった。
言えばきちんと手伝ってくれる。いい旦那だ。


「「いただきまーす」」
向かい合って座り、いつも通り大きな声でいただきますを言う。開け放った窓の外まで聞こえるように。
あなたたちの頑張りを、少しいただきます。ありがとうね。
大きな声のいただきますには、そんな気持ちがこもっている。


ぱくぱくとご飯を食べ進める彼。彼は好き嫌いなくなんでも美味しそうに食べる。
料理の作りがいもあるし、そんな彼が私は結構好きだ。
「やっぱ美味い」
「蜂蜜が?」
「もちろん」
「オムレツとスープは?」
「美味いよ」
「あたしが作る料理とはちみつどっちが美味しい?」
私がそう聞くと、彼は、はははっと大きな口で笑った。
「嫉妬かー?可愛い奴め」
「だって思うんだもの」
「ん?」
「あなたは私とじゃなくて、蜂蜜と結婚したんじゃないかって」
数年前、私が趣味で養蜂をしていると聞いて家まで押しかけてきた会社の同僚が、今の彼だ。
彼が蜂蜜に釣られて私と結婚したようで、その馴れ初めが私は今でも気に入らなかった。
「蜂蜜と結婚するなら本格的に養蜂してる人と結婚するさ」
「私のこと、ちゃんと好き?」
「ああ、愛してるよハニー」
彼はふざけた様子でそう言った。彼の言葉にむうっと頬を膨らます。
「やっぱり蜂蜜じゃない」
彼はその言葉に一瞬キョトン、としていたけれど、すぐに意味が分かったようで大声で笑い出した。
「はははは!!そうだな!!確かにそうだ!!」
「もう」



日曜の朝。爽やかな風。蜂の羽音。トーストの香り。あなたの大きな笑い声。
まるで蜂蜜のような、甘美な日々。ちょっと甘過ぎる気もするけれど、こんな輝くような日々が、私の一番の宝物。