カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」@江乃本

あらすじ
 優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく――。(本誌裏表紙より)

感想
 この本はとある講義の教科書となっている。舞台化や映画化もされており、多くの人が目にしたことがあるのではないだろうか。
 内容は一見、少年少女たちの現実味あふれる日常と、その成長を追った物語であるように思える。しかし読み進める内に少しずつ、登場人物たちが「普通じゃない」こと、そして彼らのいる環境の異常性に気付いていく。その過程にある独特の気持ち悪さこそがこの話の醍醐味であると思われる。しかも読み手がようやく物語の意味を理解しても、当の彼女らはごく当たり前に、とっくにその事実を受け入れているのである。まるでそれが常識であるかのように。これは、教育というものの力である。幼少の頃から刷り込まれた「常識」ならば、例えそれが自らの残酷な運命だったとしても、当たり前の事として受け入れてしまうのだ。最近はよく子どもたちに、自分で考え行動することの大切さが説かれるけれど、本当の意味でそれを達成するのはとても困難なのかもしれないと感じた。
 この話は所謂クローン人間を題材にしているが、不思議なことに物語中の、ヘールシャムのクローン人間たちは極めて文化的に、普通の子どもたちと何ら変わらない水準の生活をしているのである。その上で将来は家畜のようにあっさり殺される未来が決定しているのだから、何とも奇妙な事だと思った。そもそもクローン人間に倫理的な問題が発生してしまうのは、彼らが「意志」を持っていることによるのが大きいと考えられる。なので本当に必要な部分だけを「栽培」することができたらそういう問題も比較的気にせずに済むしコストもかからないのではないかと思った。
 皆さんは果たして、「クローン人間」という題材に対して何を思うだろうか。