お題「レポート用紙」「密室」「ビーフシチュー」@鉾谷曾良

 レポート用紙を折って、紙飛行機を窓の外へと放り投げる。
 高校三年の夏、授業が退屈で、私はぼうっと外を眺めていた。太陽が照りつける運動場で、だるそうにサッカーをしている男子生徒達が見える。一方、冷房の効いた教室では、なんだか難しげな話をしている数学教師と、カリカリと黒板を写すクラスメイトがいる。普通の授業風景だ。
 受験生になった私は、進学以外の選択肢を選ばせようとしない学校の空気に、まるで密室に閉じ込められたかのような閉塞感を覚えていた。ただ、なんとなく、大学へと進学する。そのことに私は価値を見出すことが出来なかった。そのせいか、私にとって数学教師の話は、町の雑踏と大差ないものだった。
 高校の三年間は永遠に続くものだと思っていた。もちろん、終わりが来ることは分かっているのだけれど、高校を卒業して、大学に通い、そして就職する。そんな自分の未来が想像できなくて。将来が目の前に迫ってきているのに、私には全く見えなかった。

「ただいま」
 お母さんが「おかえり」と返すのを聞きながら、二階の自分の部屋へ入り、ベッドに身を投げ出した。そのまましばらく天井を眺めていた。そうしていれば、時間が止まってくれる気がした。
 親はどう思っているのだろう。受験生なのに、勉強も碌にしない私に失望しているのかもしれない。ひょっとしたら、どうでもいいと思っているのかもしれない。

「いただきます」
 今日の晩御飯はビーフシチューだった。夏に食べるには少しつらい気もするけど、私の好物だったのでうれしかった。
 しばらく黙々と食べていると、お母さんが口を開いた。
「母さんはいつでもあなたの味方だから」
 突然のことで少し驚いたけれど、なんだろう、少し暖かい気持ちになった。雲が風で流されて、陽がさしたような感覚だった。

 そういえば、窓から投げた紙飛行機はどこへ飛んで行ったのだろう。
 私は、宇宙まで飛んで行っていたらいいなと、馬鹿なことを考えて自分で少し笑ってしまった。
 そして、私は、誰に向かって言うわけでもなく、
「おやすみなさい」
 と呟いて、眠りについた。