中沢新一『カイエ・ソバージュ 1 人類最古の哲学』@おさひさし

【内容】
 宇宙、自然、人間存在の本質を問う、はじまりの哲学=神話。
 神話を司る「感覚の論理とは?」
 人類的分布をするシンデレラ物語に隠された秘密とは?
 宗教と神話のちがいとは?
 現実(リアル)の力を再発見する知の冒険。(本書表紙より)

【感想】
  神話と聞けば、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
 ギリシア神話北欧神話インド神話……あるいは日本神話。厨二病を患った方なら誰もが愛するであろう神話の世界。そこには多種多様な神がいて、今も神同士果てない戦いを続けている。ラグナロクとか世界樹ユグドラシルとか、フレイザーの『金枝篇』とか、そんな言葉を聞いたらもうたまらないッ! そんな方は多いのではないだろうか。

 しかし本書で取り上げているのはそういった神話よりも、むしろ私たちのごく身近にありふれた『竹取物語』や『シンデレラ物語』が主となる。
 あれ、シンデレラって神話と言うほど高尚なものだっけ、と思った方もいるだろう。


 遥か昔、自然に囲まれた人々は、雛形たる原初の神話を生み出す過程で人間や世界について哲学し、それを原初の神話にたっぷりと盛り込んだ。哲学は神話から生まれたのだ。そして原初の神話は、民族移動に伴って世界各地に頒布し、各自で独特の価値観や教訓を付加され、ストーリーも多少改変された。やがてそれは私たちのよく知る物語となり、現世に伝えられているのだ。その過程がもっとも顕著であるのが、かの有名なシンデレラ物語であったりするのだ。


 シンデレラ物語は地方によって四五〇以上もの多種多様なバリエーションがあることで知られている。広大なユーラシア大陸で、ヨーロッパをはじめ、中近東や中国にも似た話があるほどだ。
 宮廷用に書かれた『サンドリヨン』(普段私たちが思い浮かべるのがこれ)、残酷な描写で書かれたグリム版『灰かぶり』、王子様が魚になっているポルトガル版『カマド猫』など、様々だが、どれも外面の美しさばかりを求める物語ばかりである。そうしてうんざりし始めた時に、本書第六章のミクマク・インディアンたちが生み出したシンデレラ物語『見えない人』を読むと、その物語の美しさや完成度に息を呑むことであろう。

 本書にはこうしたシンデレラ物語のいきさつが丁寧に書かれている。


 それだけでなく、神話の中に隠された生命観や性についての謎を解き明かしたり、神話が活き活きとしていた時代にインドに伝えられていた「ソーマ」と呼ばれる謎の神聖な液体を探求したりと、神話に関する様々なことを本書の中で行っている。


 本書は元来著者の『比較宗教論』や『神話学入門』という講義をテープで録音し、それを編集したものをそのまま文章として載せているので、基本的に話し言葉でページが進む。難しい言葉は出て来ず、気楽に読めるようになっているが、内容はしっかりしているので、申し分ない。
 ちなみに本書の題名である『Cahier Sauvage』とは「野放図な思考の散策」という意味を持っている。興味のある方は是非、本書を手に取ってみてはいかがだろうか。意外と面白く、生き方の参考になる本でもある。

 なお、カイエ・ソバージュには1〜5のシリーズがあり、それぞれ「哲学・宗教」を異なる分野でアプローチしている。