私は枕元にある目覚まし時計を見て愕然とする。
時刻はすでに目覚ましを設定した時間を大きく回っている。
やばい。あいつが出発する電車の時刻までもう少ししかない。
私は急いでベッドから起きあがる。
最後がこんな姿なのは恥ずかしいが身支度を整える時間は無い。
私は財布と自転車の鍵だけを持って、寝癖の付いたパジャマ姿のまま家を出る。
目的地の駅まで自転車を飛ばせば間に合うはずだ。
私は自転車に乗って家を飛び出した。
道行く人がパジャマ姿で必死に立ち漕ぎをしている私を奇異の目で見ている。
でも、今はそんなことを気にしている余裕は無い。
あいつは今日でこの町を去り都会で暮らす母親に引き取られる。
今日があいつと最後に話せる機会だ。
どうしてこんな大事な日に私は寝坊をしてしまったのだろう。
電車が出るまでもうそんなに時間は残されていない。
私はペダルを漕ぐ足にいっそう力を込める。
この町は車が通っているのも珍しい田舎だ。
私は赤信号だろうが関係なしに道路を渡っていく。
パジャマが汗ではりついて気持ちが悪い。
汗だくになりながら必死に漕いでいると木製の駅舎が見えてくる。
見た限り電車はまだホームに到着していないようだ。
時計を見るとギリギリで間に合ったようだ。
私はその事に安心してしまい気が緩んでしまった。
赤信号の交差点を渡ろうとした時、斜め前の車に気づくのが遅れてしまった。
私は急ブレーキをかけて、ハンドルを思い切り横に切る。
自転車は勢いよく向きを変え、私はバランスを崩して自転車ごとアスファルトに叩き付けられる。
なんとか歩道で自転車は止まり、車に撥ねられずには済んだ。
だが、パジャマは所々が裂けて赤く滲み、体のあちこちも打ち付けられて痛い。
自転車はもう使い物にならないな。
現実味のない気持ちでグシャグシャになった自転車を見ていると、電車がホームに入っていくのが見えた。
時間的にもきっとこの電車だ。
私は痛みに耐えながら立ち上がり、駅に向かって足を一歩踏み出す。
すると、膝に激痛がはしり、私はその場に膝を抑えて蹲る。
近くにいた女の人が救急車が来るまで安静にするように言ってくる。
そんなことをしている場合じゃない。
私は彼女の言葉を無視して痛みに耐えながら駅に向かっていく。
目の前にある駅がひどく遠く感じる。
ホームに到着した電車のドアは開き、乗客たちは次々と乗り込んでいく。
私はその光景を眺めながら必死に歩を進める。
そして、駅の改札にやっとのことで辿り着いたのは丁度電車のドアが閉まってしまった時であった。
間に合わなかった。
寝坊さえしなければ。私が周りに気を付けていればこんなことにはならなかった。
自らを責める言葉が次々と浮かんでくる。
結局、あいつに別れを告げることは出来なかった。
そう実感すると全身の力が急に抜けて改札口でへたり込む。
私はそのままその場でポロポロと涙を流し始めた。
その時頭の上から男の声がした
「おい、泣くぐらい痛いならこれでも貼れ。気休めぐらいにはなるぞ。」
目の前に紙が差し出される。
「なんでいるのよ、馬鹿。」
「傷だらけでパジャマ姿のお前が気になって一本遅らせた。」
旅行用カバンを肩から提げたあいつが目の前で心配そうに絆創膏を差し出していた。