お題「金貨」「アリ」「悪魔」@間雁透

担任の先生に頼まれて手伝いをしているうちに、すっかり遅くなってしまった。とは言っても夏は日が長いので、窓の外はまだまだ明るい。じりじりと日が射して、うるさいくらいに蝉が鳴いている。

 階段を下りて、下駄箱へ向かう。今日は部活の練習はないし、このまま一人で帰ることになる。いつもは一緒に帰る友達がいるんだけど、遅くまで待ってもらうのも悪いので、今日は先に帰ってもらったのだ。

 けれど。

「やっぱり寂しいなぁ」

 靴を履き替えながら呟いた。声は誰かに届くわけでもなく、無人の昇降口にむなしく響く。自然と溜息が出た。

 校門を出て、まっすぐ家へ向かう。僕の家は、ギリギリで自転車通学範囲外だから、結構遠いのに徒歩で通学しないといけない。普段は、こっそり自転車通学の友達に二人乗りさせてもらってるんだけど、今日はそれもできない。憂鬱感は増すばかりだ。

 そんな気分でひたすら歩いて、ようやく帰り道の真ん中まで来たくらいの頃だった。

 僕は道路の真ん中に座り込む、真っ黒なローブを着た柳沢君に出遭ったのである。



 僕の通う高校では、「あの変人の柳沢」といえば、それは1年1組出席番号20番の柳沢健介を指す。彼を一躍有名にした「西グラウンドミステリーサークル事件」は、まだ記憶に新しい。オカルト研究会会長を自称していて、教室でも何やら難しそうな本ばかり読んでいる。

 どうして僕がこんなにも彼に詳しいのかというと、単にクラスが一緒だからである。その上、出席番号順に並べたときに僕の前の席だから、嫌でもその姿が目に入るのだ。

 そんな訳だから、黒ローブの後ろ姿をすぐに柳沢君と判断できてしまうのも仕方のないことだと思う。とにかく、あまり関わり合いになりたくない相手だ。見なかったことにして、別の道から迂回しようとすると、

「おい、そこの男、何を見ている」

 と、振り向いた柳沢君に声をかけられてしまった。別にこのまま黙って走り去ってもよかったんだけど、一応クラスメイトだし、軽く挨拶くらいはしておくべきかと思った。

「やっほー、柳沢君。……何してるの?」

「ああ、吉本くんか。なに、ちょっと悪魔を召喚しようと思ってね」

 言って、わはははは、と笑う柳沢君をよそに、僕は少し驚いていた。柳沢君が僕の名前を即答したことについてである。一度も話したことないし、教室で完全に認識されてないと思っていた。

 って。

「悪魔って、えーー!?」

「今、驚くまでに少し失礼な間が入らなかったか?」

 冷静な突っ込みを入れる柳沢君の足元を見ると、そこには漫画とかで見たことがあるような魔法陣じみたものが描かれている。そしてその中心には、黒く蠢く妖しいモノ――

「柳沢君、それって……」

 もしや、本当に召喚途中の悪魔とか? 自分でも変なことを考えているのはわかるけど、柳沢君には、彼ならもしかして……と思わせる不思議な雰囲気があるのだ。

「ああ、これか」

 柳沢君はその黒いモノをつまむと、僕の目の前へずい、と突き出した。

 恐る恐る目を凝らすと、それはアリだった。足元に目を落とすと、おぞましいほどの数のアリが、魔法陣に群がっている。

「召喚のための生贄を何にしようか悩んだんだ。人間なんて論外だし、カラスとか猫はかわいそうだろう。でもアリンコ程度ならいくら使ってもいいと思ってな」

 結構えげつないことを言った後、そうだ、余ったからやろう、と柳沢君が何かをくれた。金貨みたいな包装で、めくるとチョコレートが出てくるやつだった。

魔法陣のアリの隙間から、溶けかけのチョコレートがちらちらのぞいている。子供のときから結構好きだったけど、これにあのアリが群がってるんだと思うと食べる気がおきなかったので、丁重にお断りした。

柳沢君は不快に思う様子もなく、そうか、とだけ言ってチョコレートをポケットにねじ込んだ。
……。

変な沈黙が生まれる。お互い、今日はもう話す事はないようだ。

「それじゃ、僕、帰る途中だから」

 そう言うと、別に惜しむわけでもなさそうに、またな、と言って、柳沢君は手を振ってくれた。



 別れたあとも、しばらくは柳沢君のことを考えていた。変な人だと思って今までは敬遠していたけど、いざ話してみると、案外普通の人だった。

「……またな、か」

 別れの言葉を思い出して、一人呟く。いや、普通に明日、教室で会うんだけど。

 ああ、そうだ。明日は僕から話しかけるのもいいかもしれない。昨日のはうまくいった? みたいな感じで。

まぁ、うまくいくわけないけど。

 そんな事を考えていると、さっきまでの憂鬱な気持ちも、少しは軽くなったような気がした。






















 夜な夜な町を異形のモノが徘徊しているという噂が流れ始めたのは、その翌日からだった。