フランク・シェッツィング『深海のYrr』@黎明

【あらすじ】
ノルウェー海で発見された無数の異様な生物。海洋生物学者ヨハンソンの努力で、その生物が海底で新燃料メタンハイドレートの層を掘り続けていることが判明した。カナダ西岸ではタグボートやホエールウォッチングの船をクジラやオルカの群れが襲い、生物学者アナワクが調査を始める。さらに世界各地で猛毒のクラゲが出現、海難事故が続発し、フランスではロブスターに潜む病原体が猛威を振るう。母なる海に何が起きたのか?(amazonより)

【感想】
ドイツ発の海洋SF。率直な感想としては、とにかく長かった。まあ、文庫本で上中下合わせて約1600ページもの分量があるし、翻訳ものはあまり読まないので当然と言えば当然ではあるが、読むのに1週間くらいかかったのは久しぶりである。アマゾンのレビューを見ると訳の悪さを指摘するものが結構あるのでそれも影響していたかもしれない。

ざっくり内容を説明すれば、上巻から中巻前半にかけて世界各地で海を起点にさまざまな異変が起こる様子を描き、中巻の中盤ほどでようやく異変を引き起こしている原因に関する理論が持ち上がり、下巻でそれを元に解決策を模索していくという流れになっている。

まず特筆すべき点といえば、種々の描写の深さである。流石取材に4年もかけただけあってリアリティが半端ない。前半で語られる異変や深海に潜むYrrの正体は当然としても、印象に残っているところで言えば、津波の発生原理やメタンハイトレードができる仕組みなど、登場する自然現象すべてにその都度丁寧で分かりやすい説明が入る。もちろん筆者は専門家ではないので、本当にすべて正しいのかはわかならいが、地球科学を世間に広く知らしめた個人や団体に贈られる賞であるドイツ地球化学者賞を受賞したことからも科学者間での評判は悪くないのであろう。ただ、その正確さ故に少し冗長な面もあったのだが、それは仕方無いだろう。

物語としても面白く、前半の異変にとまどう人々や中盤以降徐々に明らかになるYrrの正体、そして最後の対決と飽きずに読み進めることができた。また、本作はキャラクターがきちんと立っており、特にメインであるヨハンソンやアナワクについてはかなり紙面を割いて描写してあったので、翻訳ものだとよくキャラの名前が覚えられなくて読んでて混乱することがあるのだが、本作ではそういうことは全くなかった。ただ、アナワクに関してはYrrに関するヨハンソンの理論が出てきて、これから盛り上がるという場面で延々と話が挿入されるので、正直言って読んでいて退屈ではあった。

ラストがハリウッド的展開で盛り上がった割には、エピローグがあっさりしていたのが拍子抜けであったが、海洋SFとしてもエンタメとしても十分面白い作品だと思う。

余談だが、あとがきによれば本作は映画化が決定しているらしい。どう考えても丸まるスクリーンに収めるのは不可能なので、優秀な脚本家がつかない限り良いものは出来ない気がする。某なんたらコードみたいにならなければいいのだけれど……。