角田光代『対岸の彼女』@おさひさし

あらすじ:

 田村小夜子は三十五歳の主婦で、三歳の娘持ち。他人とのかかわりをわずらわしく思い、うまく他人とのコミュニケーションができない。最近は娘にもその性格が伝染していることを感じ、なんとかならないものかと頭を悩ませた末、一念発起して仕事をして、娘を保育園に預けることで、なんとかこの問題を解決しようとする。そこで彼女が働くことになったのが、ざっくばらんな女社長楢橋葵の経営する小さな旅行関係会社「プラチナ・プラネット」だった。葵は小夜子と同じ年齢で、同じ大学を卒業している。まさに小夜子とは全く正反対な立場や性格を持っているのだが、彼女の人柄に小夜子は惹かれていく。
 しかしとあることがきっかけで、二人の間に亀裂が生じることとなる……。


書評:

 言わずと知れた名作。本作は直木賞受賞作であり、映像化もなされている。
 人付き合いが苦手で友達のできない小夜子。明るく振舞っているが実は壮絶な過去を持つ葵。物語は、まさに対岸に立っているかのように対照的な二人を中心に進んでいく。
 この物語で面白いのは、二段構成で話が進むところだろう。というのは、まず小夜子サイドの現在、そして葵サイドの過去、という二つのストーリーが、章ごとに代わりばんこで語られる。物語がクライマックスに近付くに連れ、小夜子の成長と葵の過去が明かされるという変わった構成なのだ。
 そして、この物語にはさらにもう一人、重要な人物が登場する。葵の過去に登場するナナコという少女がそれだ。彼女は葵の高校生時代の同級生で、物語の進行とともに彼女に多大な影響を与えていく。この過去の二人の物語を読むだけでも、十分に面白い。

 どこかへ行きたくても、どこにも行けない。この物語には、一貫してそんなテーマが散りばめられている。それに立ち向かう葵と、迎合する小夜子。彼女たちはもう若いとは言えない年齢ではあるが、中身には十代の少女のように瑞々しい部分がある。そんな二人の姿に、読者は自然と自分の姿を重ねることだろう。

「結局さぁ、私たちの世代って、ひとりぼっち恐怖症だと思わない? (中略) 友達が多い子は明るい子、友達のいない子は暗い子、暗い子はいけない子。そんなふうに、だれかに思いこまされてんだよね」

 物語中で語られる葵のこの言葉に何かグッと来るものを感じたなら、迷わず本作を手に取っていただきたい。他にも心に響く言葉が多いのでオススメである。