岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』@草一郎




岩井志麻子(著)
単行本: 220ページ
出版社: 角川書店 (1999/10)


背筋も凍りつく究極の怪談


  世の中に公募新人賞はたくさんあれど、日本ホラー小説大賞ほど受賞の難しい賞はないだろう。その証拠に、何年も大賞作が出ていないことなんてざらだ。薄利多売で営利主義に走る出版社があえて新人を発掘しないところに、この賞にかける出版社の熱き思いが感じられる。それゆえ、日本ホラー小説大賞受賞作は総じて作品のレベルが高い。瀬名秀明貴志祐介恒川光太郎といった著名な作家もこの賞からデビューしている。

 これまでこの賞の受賞作を一作ずつ丁寧に読んできたが、そのなかでも特に異質だったのがこの小説だ。まず題名に惹きつけられる。「ぼっけえ、きょうてえ」。岡山地方の方言で「とても、怖い」の意だそうだ。題名の通り、読み進めていくにつれて、背筋がじわりと冷えていくような戦慄が走った。しかも信じられないくらい重厚なつくりで、とても短編とは思えない。読後はまるで数千ページもある小説を読んだような疲れが体を襲った。

 描写力もとんでもなく高い。全編を通して、娼婦が客の耳元でささやいているような文体である。ひとつひとつの言葉に作者が全力で注意を払っているのが分かる。岡山弁で語られる地方事情も非常にリアルで、作品の土台をしっかり支えていた。設定も女郎屋という限られた空間で、遊女と客との会話のみで物語が進められているはずが、作品にはどこか奥行きが感じられる。その完璧さに思わず舌を巻いた。

 ここ最近は科学ブームが世を覆っている。そうした流れは、おばけや幽霊の存在を消しつつあるが、そのなかで日本の原点である怪談を書いているところに好感が持てる。怪談小説というのはよほどの筆力がない限り、どうしても安っぽさが残ってしまうものだ。しかし、この作者は見事な才能によってそれを克服している。彼女のことを小泉八雲の再来と言っても、あながち間違いではないだろう。



内容(「BOOK」データベースより) 血と汚辱にまみれた地獄道…。今宵、女郎が語り明かす驚愕の寝物語。第6回日本ホラー小説大賞受賞作。