桐野夏生「OUT」@序二段

【あらすじ】
雅子、43歳、主婦。弁当工場の夜勤パート。彼女は、なぜパート仲間が殺した夫の死体をバラバラにして捨てたのか?自由への出口か、破滅への扉か?四人の女たちが突っ走る荒涼たる魂の遍路。魂を揺さぶる書下ろし犯罪小説。 (「BOOK」データベースより)


【書評】
 現実的でない人物たちが現実的でない背景で現実的でない事件を起こすのは、なんとも宙に浮いた、語弊を気にせずに書けばある種の安っぽいファンタジーのような白けが早々に小説の先行きを曇らせてしまう。しかし人物と背景に練りに練った現実感を付与出来れば、事件の非現実感、その落差は非常に魅力的な彩りが小説に生まれるのである。見せたい非日常が奇抜であればあるほど、それを活かすための土台である日常を徹底的に書き込まなければならないと私は思っている。


 なんの変哲もない、というより社会的には底辺にほど近い位置で四苦八苦しながら日常を送る4人の主婦たちが、ひょんなことから死体をバラバラにすることになる。一見すると露悪的で現実感がない話に見えるが、冒頭から続く弁当工場の過酷な労働環境、主婦たちの切迫した生活の緻密な描写が読む者に圧倒的な重みとしての現実を提示する。人によっては冗長、つまらなく感じてしまうかもしれないが、それ故にこの序盤は重厚で読者に逃げる余地を与えなくする最初の門だとも言える。ただただ無機質で鬱々とした、それでいて退屈な日常からいつの間にか転落し、もう戻ることはできないことに読者たちは最初の殺人の場面で気づき、驚くはずだ。

しかし中盤以降、やくざ者である十文字や過去に影を持つ男、佐竹を登場人物に迎え、雅子を中心とする主婦たち以外にも物語の枝が広がり加速していく中で、重厚さや現実感がしだいに薄れていっていくように感じられた。終盤にはいつの間にか他の主婦たちの描写はほどほどに、雅子に焦点を絞っていき観念的な生死を重要なテーマであるように描いて小説は終幕を迎える。この流れは私にはやや残念なものに感じられた。厚みのある群像劇、日常と非日常の境目に落ち込んだ一般人の話はどこかへ行ってしまい、まるごと宙に浮いた陳腐ともとれる終わり方になってしまっているからだ。

私が桐野夏生の小説を好んで読む理由は、決して崇高であったり哲学的なテーマを抱えたりせず、地に足のついた人間のもどかしいまでの平凡とそれゆえに巻き起こる地味であるが嫌らしいストーリーラインが好きなのだが、それを終盤で投げ出してしまっていたことに溜息をつかざるを得ない。