浅田次郎『鉄道員』@序二段

【あらすじ】
娘を亡くした日も、妻を亡くした日も、男は駅に立ち続けた…。映画化され大ヒットした表題作「鉄道員」はじめ「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」「オリヲン座からの招待状」など、珠玉の短篇8作品を収録。日本中、150万人を感涙の渦に巻き込んだ空前のベストセラー作品集にあらたな「あとがき」を加えた。第117回直木賞を受賞。(「BOOK」データベースより)

【書評】
映画化や直木賞などで話題を集め、多くの人に浅田次郎の名前を広めた表題作を始め、20〜50ページほどの短編を集めている本書。

私は浅田次郎好きの友人に勧められてこの本を読んだ。浅田次郎の名前自体は以前から知ってはいたものの作品に触れたことはなく、短編小説自体も好みの作家の物を読むくらいで進んで触れてきたわけではなかった。それゆえにまさに新しい小説に触れる感覚で読むことができたのだが、この作品の中には新鮮さ以上の熟成と老練が感じられた。触れたばかりでいささか差し出がましい感想になるが、まさに「熟練」の筆運びなのだ。

表題作の「鉄道員」の老駅員の幾重にも重なる人生もそうだが、友人が強く勧めた「角筈にて」の主人公に私は深みのある哀愁を感じた。全ての主人公が、人物が、背景が、静かにかつ鋭く描かれることで短いはずの物語に重厚さを与えている。それはうっすらと透けているが、ページをめくるごとにきめ細やかに重なっていることに気付かされる。「悪魔」は本書でも最も長く、一人称であり、かつ少年が主人公であることからも異色であることに異論はないが、「家」というあらゆるものが内包される代物を裏に潜ませることによって恐ろしさを透かして見せる作者の技法が見えてくる。

作者である浅田次郎はちょうど齢四十でデビューを果たしている。御年六十で文壇での地位、作風を考えればまさに老練なのだが、小説家としては今年で二十年を少し過ぎたところである。聞くところによると様々な職を経験し、自衛隊への入隊経験すらあるそうだ。若くして創作に傾倒することで作品を生み出してきた作家も多いが、浅田次郎は社会人としての経験を生かした作家の代表格と言えるだろう。裏に息づく人間の吐息が感じられるような薄さと、何層にも重なる人や社会の厚み。これらを自在に使い分け、透かして見せること。それこそが大衆小説と呼ばれるものを書き続ける上で必要な器用さなのかもしれない。