[週刊書評]夏目漱石「こころ」@序二段

【あらすじ】
鎌倉の海岸で、学生だった私は一人の男性と出会った。不思議な魅力を持つその人は、“先生"と呼んで慕う私になかなか心を開いてくれず、謎のような言葉で惑わせる。やがてある日、私のもとに分厚い手紙が届いたとき、先生はもはやこの世の人ではなかった。遺された手紙から明らかになる先生の人生の悲劇――それは親友とともに一人の女性に恋をしたときから始まったのだった。(「BOOK」データベースより)

【書評】
日本近代文学を代表する作家であり、紙幣の顔として多くの人に馴染みのある夏目漱石。あまりにも有名な書き出しの「吾輩は猫である」は痛快な風刺的小説として受け取られることが多いが、本書「こころ」もその風刺の精神が肌に感じられる。しかし後期三部作と呼ばれる「彼岸過迄」「行人」に続く本書において、その風刺は漱石胃潰瘍や神経衰弱に端を発する厭世観や、終わりゆく「明治」という時代に殉ずることの下敷きとして冷たく厳しく読者に吹きつけられている。実は「吾輩は猫である」は神経衰弱から立ち直る過程で書かれたものであったのだが、本書は長きに渡って戦ってきた精神的、肉体的な患いとの終焉に際して、漱石の晩年を象徴する作品となっている。