似鳥 鶏『パティシエの秘密推理 お召し上がりは容疑者から』@刹那

あらすじ
警察を突然辞めた惣司智(そうじさとる)は兄の季(みのる)が継いだ喫茶店でパティシエとして働き始めた。鋭敏な推理力をもつ智の知恵を借りたい県警本部は秘書室の直ちゃんを送り込み、難解な殺人事件ばかり相談させている。弟をお菓子作りに専念させたい兄は、なくなく捜査の手伝いを。人が好い兄の困った事態を見かねた弟は、しぶしぶ事件解決に乗り出す羽目に……。(本書裏表紙より)

感想
毎度おなじみ(*1)似鳥鶏さんの新作書き下ろしです。今回は喫茶店を舞台とした巻き込まれ型の殺人推理物です。
まず本書をぱらりと読んで思うことは、おそらく「黒っ!」だと思います。改行も余白も少なめで、文字を読み慣れていないとか普段あまり本を読まないという方は、最初の一ページ目を開いた瞬間眩暈を起こしてしまうのではないかと危惧するくらい一ページあたりの文字数が多いです。そこでうっと思って本を閉じてしまう方も実際にいるのではないでしょうか。
しかしちょっと待っていただきたい。この本、一ページ、二ページと進めて行くと、その世界に引き込まれてしまうのです。理詰めで現実味が薄くなる推理部分の硬さは他シリーズと同様にあるものの、登場人物はやはり魅力的。繊細な頭脳派にそれをサポートする意外と腹黒な行動派、パワフルで策士な警察官に真面目な法律系のプロとバラエティに富んだ組み合わせで会話や全体のテンポや雰囲気もよく、コミカルなノリ突っ込みはクスリと口元をにやけさせてしまうことは請け合いです。ミステリとしては甘い部分もあるものの、物語としてしっかり完成されていて肩の力を抜いて楽しめる仕様になっていると思います。
四つの連作短編のいずれもが死亡事件を扱っていて、どの事件もかなりビターで後味が悪い。それに反して、その由来や特徴とともに締めに提供されるケーキがすごく甘そうというか、もしやこの作者はスイーツ業界の回し者じゃないのかと邪推してしまうくらい美味しそうです。後味の悪い事件を甘いお菓子で口直し、というコンセプトなのかもしれませんが、あまり口直ししきれていないような気もします。作者らしいダークさが全面に押し出されているように思いました。犯人による「騙し取られてきた」という言葉の重みがあまりにも大きく口いっぱいに詰め込まれ、必ず用意されている一抹の救いも、なんだか取ってつけたように薄く感じてしまいます。この後味の悪さはなんとかならないものかと、実際に出てくるスイーツを食べに行ってしまいました。やはり回し者でした。いえ冗談です。
安易なハッピーエンドよりも、事件を解決してもめでたしめでたし、で終わらない方が好き、という方には間違いなくお勧めです。また、読みごたえのあるどっしりとしたものが読みたいけど、あまり堅苦しいのはなあとお悩みの方にもぴったりだと思います。しかし、減量中の方は少し目の毒と言うか、取扱注意かもしれません。


(*1)三回連続同じ作者の本を書評という暴挙を行ってしまったので、しばらく色々な作家さんで書こうと決めていたところにまた新刊が出ました。もう何も言うことはありません。ありませんが、作者は働き過ぎです。本当にありがとうございます。