有川浩『キケン』@刹那

あらすじ
ごく一般的な工科大学である成南電気工科大学のサークル「機械制御研究部」、略称【キケン】。部長*上野、副部長*大神の二人に率いられたこの集団は、 日々繰り広げられる、人間の所行とは思えない事件、犯罪スレスレの実験や破壊的行為から、キケン=危険として周囲から忌み畏れられていた。これは、理系男子たちの爆発的熱量と共に駆け抜けた、その黄金時代を描く青春物語である。(Amazonより)


感想
 有川浩さんと言えば、生クリームたっぷりのイチゴパフェの上に和三盆をふんだんにまぶして惜しみなくチョコレートソースをかけたような、とにかく甘い小説で読者を魅了する作家というイメージがあります。恋愛を主題にした作品以外でも、気が付けば追いオリーブならぬ追いシロップのごとく甘み成分が入っており、読んでみるとあちらこちらでラブったりコメったりしていて随分と悶えさせられたものです。
 ところが、本作は理系大学の理系サークルが舞台で、登場するのももちろん男性ばかり。机をバンバンしてしまうような恋愛ネタはあるにはあるものの、主題は理系大学生の理系大学生による理系大学生のための、輝く無駄な知識、ほとばしる明後日への情熱、何故かとんでもなく盛り上がる滅茶苦茶な日常にあります。要は甘さのあの字の入れにくいシチュエーションなのですが、そんな設定でも、読んでみると有川さんらしい面白さに溢れているのだから手に負えません。理系サークルという一見馴染みのない世界なのに、魅力的なキャラクターとテンポの良い会話、読みやすい文体のおかげでストレスなく物語の中に入っていけます。無糖なのに高カロリーという不思議な作品です。個人的にはいつもの甘甘したものより好みかもしれません。
 さて、本作には魅力的なキャラクターがこれでもかと言わんばかりに出てきますが、その中で最も輝き、物語の主導権を握るのは【キケン】の部長、上野さんです。火薬遊び(本人談)と爆破が趣味の彼は、その計算された無鉄砲さと持ち前のリーダーシップで【キケン】のメンバーを数々の無茶へ導いていきます。新歓、恋愛相談、文化祭、ロボコンといろいろな舞台で描写される上野さんの活躍っぷりと奇人っぷりは、とんでもない危険人物にもかかわらず、この人にならどれだけ振り回されても付いて行くと思えるくらい、呆れるほど魅力的です。
 そんな上野さんと副部長の大神さん、そして二人に引っ張られるようにして徐々に【キケン】に染まっていく語り部の元山くんと友人池谷くんをはじめとした【キケン】の部員たち。男子特有のノリで全力で馬鹿をやっている彼らを見ると、なんだかまぶしいものを見ているような気持ちになるとともに、でもこんなに盛り上がっても時が経てば忘れてしまうんだろうなあとさみしい気持ちも湧いてきます。
 そんな読者を意識しているのか、最後に用意された演出が生きてきます。全力で楽しんだ大学生活。それは確かに一瞬の輝きかもしれないけど、後々に何も残さないような儚いものではないのだ、という上野さんの笑い声が聞こえてきそうです。
 物語としての展開を強めるためか、ある程度のリアリティを犠牲にしている場面も多少はありますが、本作に限ってはそれが良い方向に働いていると思います。というかリアリティを追求しだすと【キケン】部員(主に上野さん)の犯罪記録に成り果てる可能性が捨てきれないくらいはちゃめちゃで、それがまた大きな魅力だと思います。
 甘さのない有川浩は認めん! という味にうるさい方でなければ、どなたでも楽しめると思います。興味を引かれた方は是非読んでみてください。