辻村深月『鍵のない夢を見る』@刹那

あらすじ
町の中に、家の中に、犯罪の種は眠っている。
普通の町に生きるありふれた人々にふと魔が差す瞬間、転がり落ちる奈落を見事にとらえる5篇。現代の地方の姿を鋭く衝く短篇集(文藝春秋BOOKSより)


感想
 女のサガを突出させ浮き彫りにした直木賞受賞作品。自尊心や虚栄心の強さゆえに追い詰められていく女性が描かれる犯罪にまつわる5つの連作短編集です。それぞれ別のお話で登場人物も重なりませんが、読み進めるごとに犯罪が重くなっていき、最初は明らかな他人事であったはずのそれが、次第に主人公の女性に忍び寄ってきます。たとえば対岸の火事が知らぬ間に足元まで来ていたような、「どうしてこんなことに?」という言葉がぴったり当てはまるくらい自然に、するりと主人公の女性の中に入り込んで行きます。
 ほんの出来心や自意識過剰、DVストーカー、ピーターパンシンドローム育児ノイローゼなど、遠いようで身近なものをきっかけに精神を病み、犯罪を起こす狂った人たち。それに振り回され、比例するように狂っていく女たち。「もうお腹いっぱい。この人たち怖い」と震えあがっても、そのどろどろした精神世界に引きずり込まれ、気がつくと読了させられます。読者を引き込む描写力というか、読者に読み込ませる文章力といったものの境地を見た気がしました。
 正直に言うと、一応女であるはずの私はほとんど共感できませんでした。さらに最高に後味が悪い。けれども、どこか心の隙間を突いてくるような、えも言われぬ不安感を持ちました。今は全くできない思考だけれど、いつか自分もこうなってしまうのではないか、こうなってもおかしくない、という奇妙なリアルさ。分からないけど理解できる女性の深層心理がとてもよく表現されていると思います。個人的には「芹葉大学の夢と殺人」 が一番理解不能かつ読後感が最悪で、面白かったです。
 辻村作品はハッピーエンド、もしくは一筋の光があるようなラストで締める物語が多い印象なので、ヘビーユーザーとしては今作の救いのなさに驚きを隠せませんでしたが、人の揺れ動く心理や読みやすさ、前述した描写力など、作家としてのよさを存分に発揮した作品だと思います。
 さわやかな読後感を好む方には絶対にお勧めできませんが、「痛い」人たちの話が読みたい方や、どろっどろの醜い女性の深層心理を見て暗い深海気分に浸りたいという方にお勧めです。