お題『法則』『魔法』『新聞』@助野 神楽

「『我流マーフィーの法則 No.167 相談相手の真剣さは、相談の内容の重要度に反比例する』、何これ?」
「ちょっ、なんで勝手に見てるんですか!」
マーフィーの法則ってあれ? 雨が降った日に限って傘がない、っていう。久しぶりに聞いたよ」
「返して下さい! 私の手帳」
「強奪するつもりはないよ、ほら。それよりさ、これ書いたのついさっきだよね。我流ってことは自分で考えてるの?」
「いいじゃないですか、趣味みたいなものです」
「いいんじゃない、面白くて。ところでこの相談相手って僕のこと?」
「そうなりますね」
「つまり、大した話じゃないってこと?」
「いえいえ、最高級に重要なお話です」
「……あそう」


できればこの先輩にだけは頼りたくなかった。
だが悔しいことに、彼のアドバイスは私が窮地を抜け出すことに必ず役立っている。
私のこれまでの経験から、揺るぎない事実であることが証明されている。


「それにしてもお前の几帳面には感心を通り越して呆れるね。アイディアの横に思いついた日時なんて書くやつ、他にいないよ、絶対」
「新聞記者は特に時間に正確じゃなきゃいけなかったんです」
「つまり過去に新聞記者をクビになった週刊誌記者は、今でもその頃の習慣が抜けないと?」
「そんなことより! 新聞記者でも週刊誌記者でも、その手帳を勝手に読むなんてどうかと思うんですけど」
「新聞記者でも週刊誌記者でも、その手帳を喫茶店のトイレに行くときテーブルに置き忘れるのもどうかと思うんですけど」


私は激しい脱力感に襲われた。コンパクトがなくても疲れた顔をしているのが分かる。
先輩は……憎たらしいほど涼しい顔をしている。
駄目だ、言い争うのはやめよう。この先輩に言葉で敵う筈がないんだ。
とにかく、目的を達成してさっさと帰ってもらおう。


「ええと、どこまで話しましたっけ」
「お前が2日前出くわした不可解な銀行強盗事件の記事が全く書けなくて困っているっていう愚痴までかな」
「私、愚痴ってたんですか……。まあいいです、とりあえずこれを見て下さい。簡単にまとめた事件のタイムテーブルです」
「これまた手帳に細かく書いたな。ええと、まず午後1時58分、F銀行に二人組の黒ずくめの人物が侵入、すぐに計7発の銃声、複数の悲鳴、非常ベル作動」
「もうびっくりしました。銀行強盗って本当にドラマみたいに真っ黒な格好するんですね」
「逆に目立って入口で捕まると思うぞ。所でお前はそのときどこにいたんだ?」
「銀行を出てすぐのベンチです。お金下ろしに行ってて、もうあと1分出るのが遅かったらと思うと、怖くて怖くて」
「写真は撮ったのか?」
「ええ、新聞記者時代に習得した、一眼レフの腕前で」
「へええ、特ダネじゃん。で、次に午後2時5分、警官隊到着、さすがに早いな」
「すぐに周辺が包囲されてました」
「人質はいたのか?」
「残っていた客と職員で合計10人ほど。本当に私危なかったんですよお」
「ふうん。ええと、午後2時18分、出入り口のシャッターが閉まる。え、どういうこと?」
「なんでも、強盗たちが銀行のコンピューターを操作したそうです。そこから人質の様子も分からなくなって」
「なるほどねえ、警察は焦ってた?」
「そりゃもう、野次馬が結構集まっていたんですかど、そこも大騒ぎ。でも、ここから、ここからがすごいんですよ!」
「ここから? 午後2時40分 4階で複数の銃声。ちょっと待て、強盗が入ったのって1階じゃなかったのか?」
「そうですよ、でもF銀行って4階建てで、何故かその最上階から銃声が聞こえたんです」
「え、つまり強盗は人質を放ったらかして4階へ行ったのか? わざわざ?」
「そうみたいですよ、2階と3階の階段にある防犯カメラにはっきりと二人が上がっていくところが映っていたそうです」
「4階に金庫でもあったのか?」
「いいえ、金庫は1階と地下だけだそうです。4階はいわゆる事務のためのオフィスだとか。ね、ね、不可解でしょう?」
「ふうん……。続けようか。午後2時52分、3発の銃弾が4階のガラスを貫く、血痕のついたガラスが飛び散る。……急展開だね」
「もう警官隊も野次馬も大騒ぎですよ。この頃にはテレビ中継も来てましたし」
「このとき人が撃たれたのは間違いないというわけか」
「はい、そしてそれからすぐ、午後2時57分、警官隊が1階のシャッターを破って、突入」
「ひとつひっかかるんだけど……」
「はい、なんでしょう?」
「警官隊は1階からだけ突入したっていうけど、普通こういうときはわざわざシャッターを破ったりせずに屋上から行く方を選びそうなものだと思うけど。ヘリでも使ってさ」
「ああ、いえ。F銀行に屋上はないんです。4階が最上階で、その上には何にもなし。周りにピッタリ高層ビルが建ってますから、防犯上屋上がつけられなかったんじゃないかと」
「ああ、そうなんだ」
「次、見て下さい、午後2時59分、入り口脇の植え込みで爆発、人質逃走」
「これまた急展開だな、何なの、爆発って?」
「その植え込みのところにリモコンで遠隔操作できる爆弾があったそうです。それが急に爆発して、凄い煙で、ちょうど人質たちが出てきたところだったからもう大騒ぎ、しっちゃかめっちゃかですよ」
「しっちゃかめっちゃか、か。それも随分久しぶりに聞いたね。で、逃走ってことは人質が逃げたのか?」
「はい、もう何人か錯乱状態で、警官の制止振り切って、悲鳴あげて野次馬の方へ突っ込んじゃって」
「まあ、そりゃそうだよね」
「あとは警官隊が建物内部まで侵入して、しばらくして初動捜査が始まって、私たち野次馬は追い払われちゃいました。ひとまずそれで終わりです。で、あとはニュースで放送された通りです」
「僕、ニュース見ないからさ、その辺もお前の口から聞かせてよ」
「そうでしたね。ええっと、被害は貸金庫にしまってあったダイヤモンドだけで、総額約1億円。あと4階で、強盗の一人が死んでいました。心臓を撃ち抜かれて即死だそうです。」
「それが、2時52分なのか?」
「おそらく。確証はないみたいですが」
「もしかしてだけど、監視カメラは?」
「ああ! いい忘れてました。強盗は1階と4階の監視カメラを全て拳銃で破壊していました。映像は一切残っていません」
「破壊? ふうん……、やっぱりか」
「え、え? 何が、何がやっぱりなんですか?」
「食い付くなよ、気持ち悪い。まだなんともいえない。続けて」
「はあ。警察は建物を入念に調べたそうですが、もう一人の強盗がどこにもみつからなかったそうです。あと、2階と3階の監視カメラに強盗二人が上がっていくのは映っていたけど、下がるのは映ってなかったそうです。これ、まだ未発表なんですよね。もうすぐ記者会見が開かれると思いますけど、大騒ぎになりそうですよね、人が魔法みたいに消えたんですから」
「魔法、なんて単語は記事に使わない方がいいと思うよ」
「他には……、ああそうだ、死亡していた方の強盗ですけど、銀行の警備員の一人でした。だからコンピューターを操作できたんですね」
「爆弾に関する情報は?」
「ああ、はい。ミリタリーショップで売っている煙幕弾に、火薬とリモコンで作動する発火装置がつけられた、簡易なものでした。火薬量も少なく、殺傷能力は殆どなし。煙と音で人を驚かせる程度のものだったそうです」
「ということは、周囲をパニックにさせるのが目的か……」
「多分そうですね。事件の概要はこんなものです」
「で、お前は記事を書くために、僕に何らかの解釈を呈しろと?」
「お願いします! デスクに言われてるんです、折角話題になりそうな大事件に遭遇したんだから、特ダネを書けって」
「ええ? さっきのタイムテーブルだけで十分特ダネだと思うけどね」
「そうなんですけど、実はあの現場に他の週刊誌の記者も居合わせてたみたいなんです」
「あららあ、とことんついてないねお前は。それ、我流マーフィーの法則に入れたら?」
「もう入れました。とにかく、何か、これからの取材の糸口でもいいので、考えて下さい。お願いです!」
「そうだねえ……。ひとつ思いついたんだけど」
「な、何ですか何ですか?」
「あのね、『孝行したい時分に親は無し』っていう諺あるだろ? これってなかなかのマーフィーの法則じゃないかな?」
「やめて下さい、重すぎます……、って、今そんなのどうでもいいんです! 真面目に考えて下さい!」
「立つなよ、人目に付くだろ。ほら座って。まあ、解釈っていうか推理っていうか、ストーリーがひとつ、頭に浮かんだよ」
「ストーリー、ですか?」
「うん、まずこの事件には不可思議な点が3つある、二人目の強盗はどこに行ったか、なぜ爆弾を使ったか、ここまではお前も疑問に思っただろう。そしてもうひとつ、なぜ拳銃で監視カメラを壊したか」
「え? それは自分たちの姿を録画されないようにするためでは?」
「強盗の片方は警備員だろ? だったらコンピューターからカメラを止める方が早いじゃないか。それに銃声を聞いた警察は突入を早めるかもしれない」
「コンピューターの扱いに慣れてなかったんじゃ?」
「おいおい、強盗はコンピューター制御のシャッターを操作してるだろ?」
「あっ、そうか。えっ、じゃあ、何で?」
「おそらく、自分たちが4階から下りなかった証拠を残すためだ。だから2階と3階のカメラはそのままにしておいた」
「ちょっと待って下さい、そもそも、消えた強盗は、どこへ?」
「そんなの簡単だよ、4階の窓からザイルでも使って地面まで降りたんだろ。周囲を背の高い建物に囲まれてるなら、見つかる心配もなさそうだし」
「え、え、そんな単純なんですか? 今まで消失だの魔法だの言ってた私が馬鹿みたいじゃないですか」
「これが真相だと思うよ。それにここから爆弾の謎が解ける。爆弾は人に危害を与えるものではなく、周囲をパニックに陥れることが目的と考えて差し支えないと思う。つまりだ、そのパニックを利用して、逃げたんだよ。人質みたいにね」
「なるほど……。いや、ちょっと待って下さいよ、そんな、窓から逃げたなんて、警察が気付かない訳ないじゃないですか」
「気付いてる、っていうか警察はそう結論付けてると思うよ」
「どういうことですか?」
「……うーん、ここからはあまり話したくないなあ」
「駄目ですよ! ここで終わったら生殺しじゃないですか」
「斬新だな、お前のボキャブラリーは。ええとね、強盗たちは自分たちが4階から忽然と姿を消すことで、4階に何らかの仕掛けがあるように思わせたかったんじゃないかな。そうすることで、逃走のために利用した人質や野次馬から目を逸らせると踏んだんだ」
「ってことは、あのとき人質と一緒に?」
「逃げたんだろうね。そのために爆弾にしかけられてた煙幕が一役買ってる」
「警察が気付いてるっていうのは?」
「そもそも警察は人が煙みたいに消えたなんて最初から考えてないだろうね、マスコミが騒いでるだけだ。それにザイルを使った痕跡なんてすぐに見つかるだろう」
「じゃあ、じゃあ何でそのこと言わないんですか?」
「そりゃそうだろ。今銀行から逃げたやつを必死に探してるんだから、逃走中の犯人の情報を話す訳にもいかない」
「そっか。あれ、じゃあ何で強盗の一人が、もう一人を撃ったんでしょう?」
「さっきから疑問形ばっかりだな。多分仲間割れか、あるいは警察が突入するのを早めさせて、さっさと人質に紛れて逃げるためじゃないかな。とっくにダイヤを手に入れてたんだし」
「なるほど。うわあ! 先輩すごいです! すごいすごい! きっとそれが真相ですよ」
「大声出すなよ、人目に付くから。っておいおい、どこ行くんだよ」
「今日は本当に、ありがとうございました。すぐ帰って記事にします。お礼はまた日を改めて……」
「ちょ、待てって、まだ話は終わってないんだよ。ほら、座れって」
「は、はあ」
「うーん、なんていうか、非常にいいにくいんだけどさ、このこと、記事にしない方がいいぞ」
「え?」
「考えてもみろよ、この事件はまだ解決してない。多分今警察は、銀行周辺の防犯カメラの映像を調べたり、聞きこみしたりして地道に犯人を探してる。そんなときにこんなこと記事にしたら、犯人に自分の逃走経路がばれてるって教えるようなものじゃないか。警察に不利になるし、自棄起こしてまた事件を起こすかもしれないだろ?」
「いや、あの、でも、逆に犯人がそれをきっかけに自首して来るかも……」
「それは結果論だ。お前の所の週刊誌が非難を浴びるだけだぞ、捜査の邪魔をした、ってな」
「……」
「そもそも僕の話には推測が多すぎる。こんな記事かいてもお前が損するだけだぞ。悪いけど、特ダネは諦めた方がいい。そんな顔するなって、今度メシでも奢ってやるからさ、気を落とすなよ。さて、僕は帰るよ、じゃあな」



我流マーフィーの法則 No.168 揺るぎない事実を信用したとき、稀に揺らぐ