お題『夢』『雨』『机』@三奈月かんな

サアサアと、窓の外で雨が降っている。
くすんだ銀の雨。止まない雨。
ユミエールは机の上に腰かけて、カーテンが開けられた窓を、その向こうの世界をぼんやりと眺めていた。
まるで夢を見ているようだ。と頭の片隅で声がして、いやこれはただの現実だ。と別のところで否定の声がする。
六月ほど前からこの国に降り始めた雨は、ひと時とて止むことなく大地を濡らしている。国中の川はずっと氾濫していて、おかげでもうそれがその川の形なのだと覚えてしまいそうなほど。順調に育ち始めていたはずの作物のかなりが流され、残ったものも水害でほとんどが腐り落ちた。
そして、この銀色の雨には大量の魔力が含まれていて――――魔力への耐性を持たない者たちを変質させ、魔獣へと変貌させた。さらに、満ち満ちて溢れた魔力に惹かれて魔獣たちが集まり、変質を免れている者たちさえ喰い殺していく。もうとっくに国は魔獣の方が多い。
ユミエールは膝に乗せた自身の魔法行使の要であり、王族の証でもある杖をなで、ため息をついた。
幻想的で美しくさえある雨は、国を、人を殺し尽くす凶器だ。猛毒だ。
始まりは、元凶は、何だったのだろう。誰も何も知らない。
何千と続いたこの国は、そろそろ沈むだろう。
王族の血を引く者はこの国の天候を変える力を持つ。そのおかげで国は富み、そして、ユミエールたち王族はその血を絶やさずに伝えてきたのだ。
けれど、この雨は自然のものでない。雨の降り続く今さえ、光が差している。――――雲から降るわけではなく、どこか高みから降り続く魔力の雨。ユミエールたちがどれだけ力を使おうとも雨が弱まることさえなかった。大気に満ちる魔力のおかげでユミエールたちの力がどれだけ強まっていようと、だ。
ユミエールたちにできるのはもう、残った国民たちを結界を張った城へ集めて守り、国の滅亡を少し遅らせることだけ。
しかしそれも、解決にはならないことを誰もが分かっている。残った人々は体よりも精神が消耗し、限界に近づいている。
――――一つ、確かでなくとも希望を抱けるとすれば。
「……」
ユミエールは幼馴染であり、自身の騎士でもある青年を思い出して手を握りしめた。
国を守るべきは王族たるユミエールの役目であったというのに。今は従者に任せて安全なところで何もできずにただ待つだけの自分が悔しくて悲しい。
けれど、調査に出ている彼が唯一希望を託せる者だ。たとえ叶わなくても、間に合わなくても。
絶え間なく降り注ぐ雨に覆われた世界を眺めていると、廊下の向こうからばたばたと駆けてくる音が複数聞こえてきた。ともに、何かを言い合う声。
それに気がついたユミエールは机から降りて、書類ののっていない机を適当に片づけた。
今度は何の知らせだろうか。
できれば希望のあるものであればいいのに。と胸中で呟いて、扉の向こうにある言葉を待った。



  『雨の降る国』