お題「市場」「巣」「灰色」@すきーむ

 カラフルな果実たちは、いびつな形をその日陰で休めていた。
 通りを往く人はまばらで、となり近所のオーナーたちもそれぞれのシエスタを過ごしている。読書に耽る者もいれば、ちょうど片袖を編み終わった者もいる。
 客足は凪いでしまった。昼過ぎまでに見知りの客はひととおり来てしまったのだ。眼の前には、とりとめのない世間話のカケラめいたものが宙に舞っている。それは午後の光を浴びてうごめく塵のようだった。


 そんなとき、決意に満ちた客は私の前へ訪れた。ちらと周りの店に目をやる。奴ら、こんな時間に客とは珍しいと、眼の奥に冷たいものを抱えた視線を送ってはいないだろうか。
 問題は無さそうだ。いたって冷静に、私は客を見据える。
 灰色のシャツとジーンズ。そこに文字やイラストは書かれていない。どこか精悍さを蓄えたその青年の眼は、まっすぐ私を捉えている。


「なにかお探しですか」


 青年は呟くようにぽつりと答える。
「見た目は灰色、中身は甘い、そんなフルーツがあると聞きました」


 売り言葉に買い言葉、ではないのだけれど。私も同じ調子で返答する。
「それならここにはありません。ご案内します」


 歩いているあいだ、会話を交わすことはなかった。まるで静物画のように二人は存在して、偶然とも必然ともつかない様子で歩調を揃わせていた。石畳は静かに光を浴びつづけ、むっとした空気は世界をすき間なく埋め尽くしているように思えた。だけれど、今から行く場所にそれらは無い。私たちが巣と呼んでいるそこには、鮮やかな果実のように厭味ったらしい姿を見せるものなど存在しないのだ。


 やがて、路地の入り口で足を止める。日陰に入れば、すこしは涼しくなるだろう。私は背中に、灰色のシャツへ汗が染みるのを感じていた。