作品展示

刹那「曇る心と雨の空」

雨雲に覆われた暗い空。目の前には荒波。足元の数センチ向こうには切り立った崖。少し目線を下げると、ほとんど垂直と言ってもいいほどの断崖絶壁だとわかります。 世間では自殺の名所と言われているこの場所は、その呼称に相応しく、どこか死に逝くのを誘う…

刹那「ルーティン・ワーク」

私は『黒くて重いもの』を握りしめていました。 ゆっくりとそれを持ち上げ、先を前に向けます。その動作に合わせて視線を上げると、驚いた顔の少年がいました。その少年を見た瞬間、何故だか胸が高鳴ったような気がします。 「ケイくん、わたしとケッコンし…

黎明「ジョンバールの分岐点」

(一)「『ジョンバールの分岐点』という言葉を知っているかな」 夕暮れの屋上で、七条さんからそんな質問が飛んできた。僕は知らなかったので黙って首を振る。 「半世紀以上も前にアメリカで発表されたSF小説が元になってるんだけどね」 そう言うと七条さ…

序二段「怯懦」

地下鉄ではしばしば眩暈を覚える。 電車は始発にほど近い乗車駅から隣市の中心地に向かい、そのまま郊外の丘陵地帯へ抜ける。くすんだ橙色の長椅子が向かい合わせで並ぶ、地下鉄では一般的な車両だ。 座席はまず端から埋まる。私も無論、端が好きだ。始発な…

秋乃「Grin like a cat」

ホームに向かいながら携帯電話を取り出す。水溜りができてたみたいで危うくこけそうになったけど、そんなことを気にしてる暇はないから急いで電話を掛ける。 「ごめん、遅れそうやわ。今はやりのゲリラ豪雨のせいでダイヤが乱れとるんやと」 呼び出し音が途…

猫町「機械化されるヒト」

第二次大戦において、アメリカのライフル銃兵の発砲率は一五から二〇パーセントだったそうだ。ライフル銃兵なんて銃を撃つ役割であるはずなのに、たったそれだけなのである。どうして発砲率がこれほどまでに低いのか。その理由はいろいろあるだろうけれど、…

序二段「さらば独立愚連隊」

さらば独立愚連隊 序二段 (一) 「東大以外は大学じゃないんだよ」 児玉は甘酢のかかった蒸し鶏を箸で突きつつ、そう言い放った。その表情には奢りや嘲笑などは見えず、純然たる自負のもとでの発言なのは明らかである。 「まあ、言いたいことはわかるけどさ…

明義 隆通『此花咲耶』

私の父はかつて不動産を営んでいたが、数年前の世界的な恐慌の折、その職を失った。以来、父はコネとして利用していた土建業者の肉体労働者として働くこととなった。家から外に出れば、財産を失い、住む家を失った人間を容易に見つけられる時期に、私たちは…

来幸笑『花火と天狗の林』

昼下がり、ユウキは一人で歩いていた。 今日は夏祭りの日だ。もうしばらくすればこの通りも人でいっぱいになるだろうが、会場である神社はまだ準備中。この時間に神社にむかうものはユウキだけだ。本当は行く気などなかったのだが。 「まったく、アカリが忘…

草一郎『アックリ』

電車の速度が落ちていく。アナウンスが停車駅を告げた。私は左右にほのかに揺れる車両の中で、下車の用意を急いだ。 ホームに差し掛かったところで、線路と車輪のこすれる音がした。と思うと、ぐっと体に加速度がかかり、電車は停車した。車扉が開き、乗客が…

一之瀬霧夢『星ハ笑フ』

僕がその男、東西南北(しほう)彼方(かなた)に出会ったのは、嵐の前のような静謐(せいひつ)さをはらんだ眩しいくらいの晴天の日のことであった。 その日、僕は数学の授業をサボって屋上で何をするでもなく、ただ寝転がっていた。 数日に一度、こんな風に途方…

黎明『キョウカイはどこにある?』

1. 実力的には何の問題もなかったと思う。 センター試験はボーダーをクリアしていたし、二次試験も会心の出来とはいわないまでも、悪くなかった。苦手の数学も半分はあるだろうし。ただ、今年はセンター試験が難化したらしく、いわいる旧帝大クラスの志望者…